セイ・グッド・バイ

   

「今週のヒットチャート一位おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
 目の前に座るレポーターの賛辞の言葉に私は微笑んで答える。
 今は音楽雑誌の取材中。今月号は私の特集を企画しているらしくそのためのインタビューである。
「では始めに、どうしてあなたは歌を歌い始めたんですか?」
「歌を歌うのが好きだからです」
 私のありきたりな返答にレポーターはそうですかと頷く。
 私は子供の頃から歌を歌うのが好きだった。
 私の大切の人はいつも私の歌を聴いてくれた。
 私は彼が聞いてくれるから歌を歌うのが好きだった。
 でも、その大切な人はもういない。
 もう……私の歌を聴いてはくれはしない。
「あなたのデビュー曲の思い出はありますか?」
「……それは」
 その歌はクラシックをベースにしたものだった。
 同時に、彼がいなくなった時の歌。
 それきり何も答えない私に、レポーターは困ったよな表情を浮かべたが、次の質問へと移ってくれる。
「では、あなたはどのようにしてデビューされたのですか?」
「高校の時に応募したものが、審査員のかたの奨励賞に選ばれて……」
 そこからはありきたりな質問がされて、ありきたりに答えた。
「僕もあなたの歌はよく聴きますよ。この間出たアルバムも買いましたし」
「ありがとうございます」
「あなたの歌には別れの歌が多いですよね。それは、やっぱり……」
 レポーターは多少言葉を濁して、尋ねてくる。
 言いづらいんだろうな、なんて思い私は苦笑した。
 別れの歌が多いなんてものじゃない。今回の曲も含めて、私の歌は全部別れの歌なのだから。
「……人は出会えば、別れるものですから」
 私は出来る限り明るく答えたが、実際どうであったかは分からない。
 病弱だった彼のことを思い出すと今でも胸が苦しくなる。
 レポーターはそうですねと頷くのみだった。
「何でその人はあなたから離れていったのですか?」
「……」
 彼の最後の言葉は何だったろう?
 その時はショックが大きすぎて、私がわんわん泣いていたことだけが思い出される。
 もう十年も前のことだ。私には思い出せなかった。
 その時の私は彼のことが全てだった。
 彼がいなければ私の価値なんて何もない。
 さくらの花が舞い散るのも、雪が降るのも彼と一緒にいるからこそ意味がある。
 本気でそう思っていた。
 でも、実際は彼がいなくても私はここにいる。
 今を生きている。
 彼にとっての私という存在はどんなものだったのだろうか?
「……きっと、私が何もかもを押しつけてしまったからですよ。きっと迷惑だったでしょうね」
 彼は病弱で、私よりも年下で、いつも姉さんぶる私を煩わしく思っていたに違いない。
 きっと彼が私に持っていた感情は、元々私とは違うものだったんだろう。
 結局どんなに大切に思ったとしても、どれだけ身近でも、所詮は人と人。
 自分じゃない違う誰かなのだ。
 それを理解したつもりになっていたことが、そもそも高慢で間違いなのか……。
 私のこの言葉をレポーターはどう思ったかは知らないが、さらさらとメモ帳にペンを走らせた。
「では、現在は恋人はいらっしゃいますか?」
 場を和ますべくそんなことを尋ねてくる。
「いえ、いませんよ」
 私もそれに応えて、くすくすと笑ってみせた。 「そうですか。でも、何だか意外ですね」 
「……そうでしょうか?」
 私が首を傾げると、
「だって、あなたはそんなに綺麗なのに」
 そんな冗談を言って、レポーターは軽く笑った。
 お礼のために、頭を下げる。
「最後に一つ。あなたは誰のために歌を歌うのですか?」
「大切な人のためです」
 それでも……十年たっても未だに忘れることが出来ない。
 そんな私は未練がましい女でしょうか?





「今日はありがとうございました」
インタビューが終わり、礼を言われると私は恐縮してしまう。
「いえ、そんな。こちらこそ迷惑ばかりで」
「そういえばまだ名刺を渡していませんでしたよね。失礼しました」
 レポーターは慌てて名刺を取り出して私に渡す。
「僕が思いますにね。その男の子はあなたが嫌いだったから離れたんじゃない、と思いますよ。ただ、あなたと対等に接したかった。自分の体の弱さのせいで迷惑かけるのが嫌だっただけです」
「え?」
 私が今もらった名刺にとっさに目を落とす。
 そこに記された名前は……。
 顔を上げると、すでにレポーターはこちらのほうに片手を上げて出て行くところだった。
 すっかり大きくなった懐かしい背中を、私は懐かしい気持ちで見送った。

      

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