本能の赴くままに

 

 私は彼女を愛している。
 きりっとした瞳には意思の強さを感じさせ、短く切りそろえられた黒い髪がその印象を強くする。そして、すらりと生える手足は綺麗な小麦色に焼けており、彼女が健康であることを証明してくれる。
 彼女を作る全ての物を私は愛している。
 それなのに、彼女は私を愛してはくれない。
 それのみならず、彼女は私が姿を見せるだけで不機嫌になってしまう。
 きっと彼女は私のことを嫌っているのだろう。
 それでも私は眠っている彼女の前に姿を見せる。
 たとえ彼女に嫌われていても、私が彼女のことを愛していることには変わりはないのだから。
「……また来たわね」
 目を開いた彼女は、私が姿を見せた途端に顔をしかめた。
 ……私の嫌われようも相当なものだ。
 が、以前彼女に対してしたことを考えればそれは当然のことかもしれない。
 男の人に振られた時の泣いている彼女はとても可愛かった。
 強さの中に見せた小さな弱さ、とでも言うべきか、その様は私の心を強くゆさぶった。
 思わず口づけをしたくなるほどに。
 そして、私は本能の赴くままに彼女の手の甲に口づけをした。
 その時、彼女は怒って私を振り払った。
 当然だ。
 私と彼女は同性なのだ。
 そんなことをした私を怒るのも嫌うのも当たり前のことだろう。
 けれども、私はそのことを後悔などしてないし、これからもやめるつもりはない。
 だから嫌われようとも私は彼女の前に姿を見せるのだ。
「あっちに行ってよ」
 腕で払われる。  生憎と、私は彼女言いなりに引き下がるつもりなどさらさらない。
 私を追い払おうとする腕を、私は軽やかにかわしてみせる。
「ああ、もう!!」
 何度振られても彼女の腕は私には当たらない。
 彼女が腕を振るたびに、彼女から流れる汗が周りに飛び散る。
 今は相当の暑さである。
 これだけ暑ければ、誰でもきっと不機嫌になる。
 彼女がこんなにいらついているのは暑さのせいだ。
 そうだ。
 そうに違いない。
 私は勝手に決めつける。
 だって、そうだったら私は彼女に嫌われてはいないじゃないか。
 それに、これは彼女が言っていたものだが、嫌よ嫌よも好きのうち。などという言葉があったような気がする。
 まあ、どちらにしろ私が彼女に口づけをすることには変わりはない。
 ……いつもは恥ずかしいから手の甲などに口づけをしていたが、今日は特別。
 彼女の頬にしてあげよう。
 私はゆっくりと彼女の頬に口づけをした。
 甘い。
 どこまでも甘い味がした。
 それはまるで、禁断の蜜の味。
 一度味わうと、そこからは二度とは逃れられない。
 ただ、どこまでも深く、いつまでも味わっていたい……。


   パンッ!!


 あ……。
 彼女の手の平が、私の体を押しつぶした。  

 

 

 

 

 彼女は汚れた手を洗ってきて、うーんとのびをしてから再びベッドの上に横になった。
「あ〜。やっと鬱陶しい『蚊』を殺したわ。これでやっとぐっすりと眠れるわね」