もしかしたら、自分も殺されるかもしれない。
しかし、これ以上の犯行をさせないためにも、犯人には自分で直接言う必要がある。
そんな思いから、一君はそのドアをノックした。
ことの始まりは、ミステリー研究会の一人である林君が、
「夏休みはミス研ならミス研らしく、やっぱり誰もいない孤島に行ってみたいよな」
と、言ったことであった。
どうにも林君が電話一本で予約が取れたらしい。
顧問の竹藤は用事があるらしく、ミス研の生徒だけで行くことになった。
ミス研の部員達が島に着いてみると館は無人で(格安の値段だったから勝手に使えということなのだろう)、おまけに携帯も圏外のため、翌日迎えが来るまで帰ることも出来ないようだ。
部員の一人である一君は、これが推理小説だったら絶対に殺人事件がおこるな、と思わずにはいられなかった。
そして一君の予想通り殺人事件が起こった。林君が彼の部屋にて、真鍮せいの聖なるおとめの像によって、頭部を殴られて殺されていたのだ。
その部屋には窓はなく、一つしかない入り口のドアにも鍵がかかっていた。
いわゆる密室というやつである。
こんな状況で外部犯なんて絶対いないだろ、と一君は思いながらも部員達で島中を探してみるが、ミス研の生徒達を除いて他に誰もいなかった。
その結果、一君の中で出された結論は、林君を殺した犯人はこの中にいる。
その中で、一君には犯人がすでにわかっていた。
――状況的に考えてあいつしかいない。
だがまだ、確かな証拠がないために、一君はそれを求めて林君の部屋へと向かった。
一君の歩く音のみが廊下に響く。
シャンデリラや敷き詰められた赤い絨毯などによる館の厳粛な雰囲気せいか、妙な重苦しさを感じさせる。さすがに人が殺されたというのに騒げる人はいないのであろう。
林君の部屋にたどり着いた一君は、まず部屋のドアを調べる。
死因は明白なため、どうやって犯人がこの部屋から抜け出したか、ということが問題となってくる。
このドアは、旧型のひねって閉じるノブ式のものなので、中から鍵を掛けたら外からは絶対には入れない。
事件があったときに部屋には鍵がかかっていた。体当たりによって無理矢理部屋に入ったので、鍵はひしゃげてしまってる。
部屋の中にも目をやってみる。死体となった林君は、部屋の中央に倒れている。上からシーツをかけてはいるが、はみ出した手足は嫌でも目に入る。
一君は出来る限り、死体には近づかないようにしてから部屋の中を調べてみる。けれども、抜け道らしいものは何もなかった。
ワイヤートリックやこの館独自の隠し通路、果てには氷を使った時限装置までも考えてみるが、どうにも上手くまとまらない。
「ああ、くそ!!」
一君は何だか腹が立ってきて、警察が来たら怒られるであろうがドアを蹴飛ばした。
ギィ、ギィといびつな音をたてて揺れるドアは古くてぼろい。端々にはひっかき傷のようなものが無数についている。
そして――
「……そうか。そうだったのか」
一君は唾を飲み込んで、
「この犯行は……」
トリックがわかった以上、一君は犯人の部屋へと向かう。
これ以上、犯行を起こさせないためにも……
コンコン、とノックをするとミス研部長、冬美がドアを開き顔を見せる。
「どうしたの?」
一君は大きく息を吐いて、
「君がこの事件の犯人だ」
はっきりと断言した。
「!! 何で私が!」
一君のぶしつけな言葉に、冬美は激昂する。その冬美に向けて、一君はゆっくりとした調子で状況を説明する。
「最初、君はこの部屋から悲鳴が聞こえた、と言って林の部屋の前に立っていたね」
「……ええ、そうよ」
「そして鍵がかかっていた」
「そうよ。鍵がかかっていたんだから私は中に入れないじゃない」
一君はふう、と息を吐いて落ち着き払ったまま言葉を続ける。
「それは僕も見たからね」
「だったら」
「確かに君はちゃんとノブを回してから、押したり引いたりしてたからね。別に鍵が掛かってるふりをしてた、なんて言うつもりはないよ。ただ……」
そこで一君は言葉を切って、ポケットからタンスなどを固定するときに使うL字型の留め金を取り出してみせる。
「これで固定しとけば外からでもドアを開けなくすることは容易に出来る。
まあ、別にこれに限らず蝶番なんかでもいいけどね。
ともかくあの暗さと、ドアについてる元々の傷からもドアにこんな細工があるなんて絶対に気づくわけないしね。
そしてこのトリックが出来たのは、死体を見て驚いてるときに鍵を壊すことが出来る――つまり最後にこの部屋に入った君だけだ」
一君の言葉に、冬美はバンっとテーブルを叩く。
その行動に一君はビクッと身をすくめる。
「そんなの机上の空論よ。私がやったっていう証拠はあるの?」
「証拠はあるの? なんて最後に聞いてきた人で、そいつが犯人じゃなかった人なんて聞いたことないけど……」
「いいから!!」
冬美の剣幕ぶりに一君は肩をすくめてみせる。
「悪いけど、君も焦ってたんだね。ドアの鍵は僕たちが体当たりしたほうに曲がっていた。おかしいよね。普通なら逆に曲がらないかい? つまりあの鍵は体当たりなんかでは壊れてはいないんだ。そして、それが意味することは……」
冬美は反論をしようとしたが、ぐっと唇を噛みしめて言葉を飲み込んだ。
「私の負け……ね」
冬実の部屋に置かれている、イギリス製のウッドクロックの時を刻む音だけが部屋の中を響く。
「一つ聞いてもいいかい?」
一君がぽつりと尋ねる。
「何かしら?」
「君は、何で林を殺したんだ?」
「別に……ただの交際関係のもつれよ」
冬美は投げやりに答える。
「私からも一ついいかしら?」
「何?」
「最初から私が犯人だってわかっていたの?」
一君は何とも複雑な表情をしてこう言った。
「だって、ミス研って死んだ林を抜かしたら、僕と君の二人しかいないじゃないか」