その日、父さんがいなくなった。
　利用できなくなったから殺されたらしい。
　十日前には兄さんのような存在であった、勝もいなくなった。どこかに連れて行かれたようだが、これも多分殺されたんだろう。
　僕達はこの狭い、箱庭のような空間に閉じこめられている。
　僕はいつ殺されるんだろう？
　僕の周りにはまだ仲間がいっぱいいる。
　けれども、いつかは僕の番がやってくるんだ。
「ねえ香澄。どうして、僕達はこんなところに閉じこめられてなくちゃならないんだ」
　隣にいる女の子に話しかける。
　彼女は僕と同じ日に生まれた、幼なじみとも言ってもいいような存在だ。
「それは、彼らが私たちを利用しているからよ」
　香澄は悲しそうに言う。
「だから、毎日僕たちの体をいじくり回しているっていうの？　もっと、効率よく利用できるために？」
「ええ……」
　香澄は僕たちを見張っている人のほうを見ながら言う。
「でも、それじゃあ」
　父さん達が殺されたのは……。
「そう。利用できなくなったから、別の施設に売り払われたのよ」
　彼女は諦めきったように答えた。
「最近のやつらは根性がないなあ」
　僕たちを見張っている人は僕たちのほうを見ながら、ため息混じりにそんなことを言う。
　今はいい。
　けれどもいつ僕たちも殺されるかわからない。
　嫌だ。
　こんなところにいたら僕たちは殺されてしまう。
　僕はまだいい。でも、香澄だけは。
　僕なんかとは違う白い肌。まん丸く開かれた瞳には愛嬌を宿らせている。
　――彼女だけは殺させるわけにはいかない。
「こんなところは逃げよう」
　僕は香澄に語りかける。
　幸い僕たちは、昼間は外に出ることが出来る。
　その時になら逃げれられるはずだ。
　彼女は戸惑った表情を浮かべたが、やがてゆっくりと頷いた。



　次の日、僕たちは逃げ出した。
「どっちに行こう？」
「とりあえず、あそこから離れましょう」
　僕は香澄の言葉に従ってとりあえず、施設から逃げるように歩き出す。
　しかし、現実は甘くなく、僕たちの逃げる先には柵が張られていた。
　僕たちが逃げることを見越していたのか……きっと以前父さん達も逃げようとしたんだろう。多分その時に張られてしまったんだ。
　柵は高すぎて乗り越えることは不可能だ。
　とりあえず、体当たりをしてみる。
　けれどもその柵は、頑丈すぎてびくともしない。
　どうしよう……
　まるで、大きな密室だ。
　僕の脳裏に絶望感が鎌首をもたげてくる。
　香澄の方を見る。いつも気丈な彼女でも、その顔には怯えが浮かんでいる。
　彼女の前で、無様な姿見せられない。
「どこか、抜け道がないか探そう」
　僕は自分を奮い立たせるためにそんなことを言った。
　僕たちは一縷の望みにかけて、抜け道を探す。
　何の進展もなく、ただ時間だけがすぎていく。
　どうする……どうすればいい。
　彼女だけは、香澄だけは僕が守らないと。
「おーい。なにやってるんだ〜」
　！！　やばい。追っ手が来た。
　相手の気の抜けている声から、絶対に逃げられないと思っているからだろう。
　僕が残って彼女だけ逃すか？　でも、逃げ道がなければ彼女だけ逃がしても意味はない。
「たく。あんまり遠くまで行くなよな」
　……怒っていない。
　どうやら、僕たちを追ってきた奴らは、僕たちが逃げようとしているとは思っていないようだ。
　どうせ子供のやることと高をくくっているのか……
　ならいい。
　今日のところは諦めておいてやる。
　ここで相手を怒らせるよりも、また次の機会を狙った方が数倍ましだ。
　また、チャンスはいくらでもある。
　そのときこそ……。







　その日の夕暮れ。
　放牧が終わった牛たちは、搾乳室に連れて行かれる。
　そして、彼らは仲良く今日も乳を搾られている。