通称ホレ薬

 

「ふっふっふ。ついに……ついに、完成だ!!」
 部活をしている生徒達が帰り始める夕暮れ時。学校の隅の閉めきった化学室で、白衣を着た少年、ユウヤは高らかに拳を握りしめる。
「またあ……一体今度は何を作ったっていうの?」
 その部屋の隅っこの椅子に座っているツインテールの女の子、サヤはげんなりとした調子で尋ねる。
 ユウヤは読んで字のごとく天才であった。が、同時に馬鹿である。
 あり余る才能を、いらない方向に使い続けているのだ。訳の分からない発明とやらに。
「これを見たまえ」
 ユウヤは今し方完成した発明品をサヤに突きつける。
 その発明品――今時見なくなったような試験管に入っている液体は、虹色を帯びた光を放っている。
 実に綺麗である。見た目だけは。
「ええ!! また飲み薬なの」
 サヤは驚愕の声を上げる。
 それもそのはず。以前に彼が作った発明品も飲み薬だった。
 その効能は、どんな便秘も一発解消な、ゴキブリコロリより強力な下剤であった。
 その被害者は当然サヤである。
 一言、最近ちょっとね……と、愚痴をこぼしたことをサヤは激しく後悔した。
 おかげで女の子なら言うことをはばかれるような目にあってしまったのだ。
「もう。あれ、本当に苦しかったんだからね!!」
 サヤが怒ると、ユウヤはしゅんと小さくなった。
「むう。すまない……」
 ユウヤは心底申し訳なさそうに謝る。
「べ、別にいいわよ。もうすぎたことだし」
 サヤは仕方なしに、ユウヤを許してあげた。
 そう。根はいいやつなのだ。以前の発明品もサヤの愚痴に付き合って作ってくれただけで、悪意など全くない。馬鹿ではあったが。
「で、今度は一体何の薬なの?」
「ふ。それは飲んでのお楽しみだ」
 ユウヤは自信満々に言う。
 サヤは最近自分の言ったことを思い返している。
 ……最近吹き出物がでてきたのよね。こんな言葉を言った気がする。というか、それしか思いつかない。
「じゃあ、ちょっとだけ」
 吹き出物の薬なら、そこまでひどいことにはならないだろう。
 サヤは勝手にそう決めつけて、試験管を手に取った。
 ごくり……
 サヤは虹色の薬を一口だけ口に運んだ。
「やった。飲んでくれたね」
 ユウヤは何を思ったのか、両手でガッツポーズを決める。
「その薬の正体は惚れ薬だ」
 ユウヤはさらりととんでもないことを口にする。
「サヤ。僕は君のことがずっと好きだった」
「……」
 しかし、サヤは俯いたまま顔を上げない。
 まさか――失敗したとでもいうのだろうか……
「サヤ?」
 再度呼びかけると、サヤは顔を上げる。
 彼女の頬は紅く染まっていた。
「サヤ……」
「ユウヤ……」
 夕暮れの化学室で見つめ合う二人。
 邪魔するものなど何もない。
 ユウヤはサヤをゆっくりと抱きしめて――
 バチン!!
 思いっきり横っ面を叩かれた。
「最低」
 サヤは一言、全く温度のこもらぬ声で言い放つ。
 そして、ユウヤが愕然としている間にサヤはそのまま化学室を出て行った。


「何故だ。何故なんだ!!」
 ユウヤは訳が分からないとばかりに絶叫する。
「あの薬は完璧だったはずだ。通称ホレ薬。正式名称『発想可逆剤』は」
 つまり、あの薬の正体は飲んだ人の考えを逆にする薬であったらしい。
「くそ。何故だ。サヤはいつも僕の文句ばかり言っていたんだから、僕のことを嫌っているはずなのに何故!!」
 ユウヤは全く気付かない。こんな変人、好意でも持っていなくちゃ一緒にいてはくれないということを。そして、もう一度薬を飲ませれば大丈夫だということも。
 やっぱりユウヤはとんでもなく天才で、とんでもなく馬鹿だった。