「ねえ、サヤ」
そう言ったユウヤはカーテンを引いた。
差し込んでくる光がまぶしく、サヤは目を細める。
こんなまともな光を浴びたのは、もう随分も前のことだったような気がした。
「……何よ」
ユウヤは実に沈痛そうな表情をして、
「まさか君が……こんな重病にかかるとは」
ユウヤはベッドの上で寝たきりのサヤに対して、この世の終わりを感じさせるように語る。ユウヤは無念そうに拳を握り、トレードマークの白衣がゆれる。
「でも、大丈夫。僕に任せてくれ」
そう言って、ユウヤは怪しげな飲み物を差し出してくる。
いや、怪しげではない。
間違いなく怪しい飲み物だ。
おまけとして、何とも言い難い臭い(匂いなんて生やさしいものではない)もしている。
良薬口に苦しと言う言葉はあるにはあるけれど、口に苦いからと言って良薬とは限らない。
特にこのユウヤが作ったもの、というのが疑わしい。
この少年は天才ではあるが、とてつもなく馬鹿だからだ。
「僕の特性飲料だ。これを飲めば、君にかかったどんな病気でも治すことが出来る。このベースはだね」
「いや、いい。聞きたくない」
サヤは聞きたくないとばかりに耳をふさぎ、頭をふる。一緒にサヤのツインテールが横に揺れた。
「まあ、いいから聞きなよ」
ユウヤはどうどうと、サヤをなだめる。
「新鮮なトマトとピーマンに……」
「へえ」
「さくらんぼとみかん」
「ほえ」
「それと、牛のレバー」
「そう、ってええ!!」
サヤは思わずつっこみを入れてしまう。我ながら乗りがいいなあ、何て密かに思ってしまう。
「何でそんなもんをいれてくれるのよ!!」
よりにもよってレバー……それはリアルに嫌であった。
サヤはそれを一口飲んだ光景を想像しただけで、頭が痛くなってくる気がした。
これは決して病気だけのせいではないはず。
何となく、飲んだらこれが致命傷になりそうな気が、サヤはひしひしと感じた。
「それとこれが、とっておきなんだがね」
ユウヤは照れ隠しをすようにははは、と笑った。
サヤは何だかもの凄く嫌な予感がする。
この世でもっともタチの悪いのは悪意のない悪意だ。
「これを隠し味に入れたのだ」
ユウヤはじゃーんと言って、それを差し出した。
それは瓶に入った、
「……錠剤だね」
「うん。ちゃんとサヤが飲みやすいように、砕いて入れておいたから」
ユウヤは脳天気にあっははと笑う。
「そういう問題じゃないでしょ!!」
「大丈夫だって。それ、文部大臣奨励賞に選ばれた位すごい品物らしいから」
「それはあらゆるところで間違ってるわよ!! なんで文部省がそんなものを認定するのよ。あそこは教育関係のことをしているところでしょ」
サヤは、音がそれっぽいからといってだまされてたまるか、と言わんばかりに声を上げる。
「……それじゃあ、大蔵省でいいよ」
ユウヤはぼそっとそんなことを言う。
「それじゃあって何よ。それじゃあって!! 大体もう大蔵省じゃなくて財務省に変わった……って、そんなことはどうでもいい!」
「相変わらず、ああいえばこう言う。そんなことをいつまでも言っていてどうする!! サヤは良くはなりたくないの? 助かりたくはないの?」
ユウヤは真剣な表情で、サヤの肩を掴む。
「それは……」
ユウヤの真剣な表情に押され、サヤは口ごもってしまう。
サヤにはもはや反論する気力なく、思いっきりため息をつく。
「一つだけ言ってもいいかしら?」
思い直して、サヤはそう尋ねる。
「……何かな?」
「……たかだか"風邪"くらいで、そこまで言わないでくれる」
そうサヤが言うと、
「だって、風邪は万病の元っていうじゃないか」
ユウヤは自信満々にそんなことを言った。
「でも、レバーを入れるのはあんまりじゃない?」
「え? だって、生物の教科書に書いているよ。新鮮な野菜に、果物、レバーにビタミンCが含まれていますって。風邪を引いたらビタミンCだろ」
「……生物の教科書め」