「あなたのことが好きです」
キーンコーンカーン。
休み時間を告げるチャイムの音が鳴り響く。その音と同時に、私の目の前に立つ明君に告白された。
「……え?」
風が吹いて、屋上に立っている私の紺色のスカートがなびく。
空は薄暗く、辺りには白い雪が積もっている。
学校の中は暖かく、わざわざこんなに寒い屋上に来る人はいない。
それに昼の休みならいざ知らず、十分の短い休み時間だと尚更だ。
少なくとも私がここにいるときに、他の人が来たことはなかった。
明君を除いて。
ここは、私と明君だけの秘密の花園。
その明君に向かって、私は曖昧な笑みを返した。
明君は多少病気がちで、体育の授業なんかは休んだりはしてるけど、明るくて、優しくて、みんなの人気者……友人の一人もいない私なんかと正反対。
私もそんな明君に憧れ、そんな彼が好き。
明君を十分間だけでも独占できるのは、特別な気分だ。
でもね。
「ごめんね、明君」
私は首を横に振った。
「どうして……」
明君は、落ち込んだ声を上げる。
「だって私。これでも一応学校の先生なのよ」
生徒と先生。
この関係を壊すのは、人が思うよりも難しい。
別に私のことなんてどうなっても、何を言われても構わない。
けれども、明君に迷惑をかけるのだけは嫌だった。
「そんなの、関係ないよ!!」
明君にしては、珍しく声を荒げる。
私は驚き、目を丸くしてしまう。
「僕はあなたが好きなんだ。美奈さんのことが好きなんだ。先生だから。生徒だから。そんなこと関係ないよ!!」
明君は両拳を握りしめて、顔を俯かせる。
「どうして……」
……どうして、私のことなんかが好きなの?
私は、先生だし、年上だし、綺麗じゃないし、暗いし。それにね、私はもう……
「好きだから好きなんだ。だから。そんな理由じゃ、僕は嫌だ」
明君がまっすぐな目で私を見つめる。
その表情には、嘘や冗談といったものは全く感じられない。
ありがとう。でも、ごめんね。
私はそんな大層な人間じゃないよ。
「明君……。私はね」
言えない。
こんな言葉、言えないよ。
明君を見ているだけでいい。私は明君と話せるだけで充分なの。
「私は……」
私は……私は……
口をぱくぱくとさせるだけで、言葉が口から出てこない。
風が吹き抜けて、積もっている粉雪が空中へと舞い上がる。
キーンコーンカーン。
結局私には言えなかった。
私は、意気地なしだ。
タイムリミット。
もう戻らなくちゃならない。次の授業に遅れてしまう。
魔法はとける。
明君と話せる十分間だけの魔法が。
「僕は美奈さんが好きです」
明君は再度、その言葉を口にする。
……私は顔を上げて、
「ええ、私も好きよ。明君」
これは嘘紛れもない言葉。
それから、私は息を吸って、
「私はもう死んでいるの――前にあった交通事故で」
はっきりと口にした。
ここにいるのは、私の形をした別の何か。
誰に聞いたわけでもない。
あの日に起きたとき、何となく理解できたのだ。
ああ、私は死んでしまってるって。
これは、幽霊になった者にしか分からない感覚だろう。
チョークや服には触ることが出来たとしても、人には全く触れることが出来ないことが。
いや、誰かに触れられたら消えてしまうということを。
元々幽霊なんていたらいけない存在なのだ。
消えてしまって当たり前……だけど、消えてしまうのはやっぱり怖い。
私が先生なんかをしてるのは、独りぼっちになるのが嫌だから。
誰かが私を見てくれるなら、社会に存在しておけば、独りぼっちじゃないと思ったから。
ううん。それは、違うね。
本当は、明君と話していたいだけ。
明君と話していたいから、明君のことを見ていたいから……こんな風に誰もいないところに逃げてまで学校に来る。だって、明君に会いたかったから。
その思いだけが、私を現世にとどまらせてる。
「私には誰も触れることが出来ないの。だから、もう私に構わないで」
明君に背を向けて、私は逃げ出した。
魔法は完全にとけた。
出来損ないのシンデレラは、さっさと舞台から退場しないといけない。
元々私なんかには分不相応だったのだ。
「美奈さんに触れれたら、いいんだね?」
静かな声が響く。
その言葉に、私はびくっと反応してしまう。
明君はそう言って、立ち止まる私に近づいて、ゆっくり手を上げて、優しく私の頬を拭った。
「泣かないで、美奈さん」
……え?
「美奈さんは、一人なんかじゃないんだから」
私は呆然と立ちつくす。
「僕はずっと、ずっと待っていたんだから。美奈さんのために。誰にも触れられないようにして」
何が起こっているのか、わからない。
何で明君が私に触れれるのか。何で私は消えてしまわないのか。
「何で……何で、私に触れるの?」
「何でって」
惚けたようにする私に向けて、明君は微笑んで――
「だって、僕も同じだから……」
「ねえ、私のこと幽霊だって、知っていたの?」
「もちろん。いっつも僕は、美奈さんのことしか見ていないんだから」
「……ばか」