今日は女の子にとって、とっても大切な日。
そう――
「ねえ、ねえサヤ」
呼びかけられ、サヤはそっちのほうを向く。その時、彼女のツインテールも一緒になびく。
彼女の視線の先にはいつもと変わらぬ白衣を着たユウヤが立っていた。
「僕ね。戦隊物のヒーローをしたいんだ」
「……はい?」
唐突にそんなことを言うユウヤに、サヤはごくりと生唾を飲み込んだ。
この少年は、とんでもない天才である。
とんでもなく馬鹿ではあったが、彼がやると言ったら、まじである。
「な、何でまた??」
サヤは後ずさりながら、冷や汗まじりに尋ねる。
「いや、町の銀行で強盗犯が立てこもっているって……」
「えぇ!!! それ本当!!」
衝撃的な事実に、サヤは腰を浮かす。
「これ」
ユウヤは、どこからともなく取りだした、十六インチのテレビをどかんと机の上に置く。
コンセントを入れて、ぴっとリモコンでスイッチを入れると、ニュース速報が流れていた。
舞台は、当然のようにサヤたちが住んでいる町の銀行……
「……」
ああ……本当だよ。ため息を吐きたくなるような光景が、サヤの目の前には広がっている。
サヤは恐る恐る、ユウヤの方を見る。
きらきらと輝かんばかりの大きな瞳。
そういえば、昨日まで子供向けの戦隊物の番組なんて、じーっとテレビの前に張り付いて、見ていたのが思い出せる。
まさか、その影響だろうか?
「で、でも。あたし達、ただの高校生だし……」
この言葉には大いに語弊があるが、サヤにはそうとしか言えない。
「ふ、その点では問題ない。これを見たまえ、サヤ」
そう言ったユウヤは、ポケットから黒色のリングを取りだした。
「……これは?」
サヤが尋ねると、ユウヤは自信満々に、
「これは変身ブレスレットだ」
まんまな名前を言う。
「説明しよう!! これは……」
ユウヤはばっ、と白衣をなびかせて、両腕を高らかに掲げポーズを決める。どうやら、戦隊物のポーズはすでに決まっているらしいようだ。
そこから、ユウヤは反物質による銃弾による抵抗性等々。サヤにとっては異国の言葉をずらずらと並べられる。
まあ、よく分からないが凄い素材で出来ているらしい、ということだけサヤは理解した。
「いざ、ゆかん!!」
ユウヤはびしっとあらんほうを、指で差す。
かーかーと、烏が鳴いていた……
不幸なことに、まだ犯人達は銀行の中に立てこもっていた。
よく見る、警察がマイクフォンを持って、大声で犯人とのやりとりをしているところである。銀行の周りには、警官やら野次馬やらでひしめいていていた。
そんななか、犯人は焦っていた。運悪く、犯行直後に丁度パトロールの最中のパトカーが近くを通りかかってしまったので、対応が予想以上に速かったのだ。
そのため、犯人は人質をとって銀行の中に引きこもらざるをなかった。
犯人は一人。そのため、警察は何とか犯人をなだめつつも、犯人の疲労を感じた瞬間に突入する方向の方針で決めていた。
そう。変な乱入者があるまでは。
「ふう……」
疲労感から流れてくる犯人は冷や汗を拭った直後、ばりーんと銀行の窓ガラスが盛大に割れる音が響く。
「な……」
犯人は、警察が突入してきたのかと、銃口をそちらに向ける。
そこに立っていたのは、妙な二人組だった。
警察の新しい装甲服なのか――その割にはとても薄い物を着ている。どちらかといえば、厚めの全身タイツを連想させる。
そのうちの一人が、両腕を高く掲げ、妙なポージングをとって、
「2レンジャイ参上!!」
等とのたまった。
犯人はあっけをとられたのかその様子を呆然と見てしまう。
「ねえ……」
犯人と同じく、ポージングをしなかったほうの一人……呆然と立ちつくすサヤは、
「て、何なのこの地味な色は!! 普通レッドとかピンクじゃないの!!」
そう。二人のスーツの色は、ユウヤがグレイ。サヤがベージュだった。そんな夢と希望を感じられない色のせいで、二人のスーツが本当に全身タイツみたいに見える。
「……いや、だって他の色じゃ、別の奴とかぶってしまって僕にオリジナリティーがないみたいじゃないか。て、それどころじゃなさそうだね」
ユウヤは犯人の方を指さす。
犯人はぷるぷると震えて……
「てめえら、なにもんだ!!!」
銀行中に響き渡る怒声を発し、サヤの鼓膜を振るわせる。
「だから、2レンジャイ――」
「く、馬鹿にしやがって」
犯人歯ぎしりをして、変なポーズをとったままのユウヤを睨み付ける。
「てめえら、これが目にはいらねえのか!! 遊びじゃねえんだぞ」
犯人の言うことはもっともである。
「は、そんな黒光りする物が僕に通じるとでも? おかしすぎて、腹がねじ切れるわ!!」
ユウヤのこの言葉に、犯人の神経はぶちぎれて、直後、銃声の音が鳴り響いた。
「ごふー」
ユウヤは空中できりもみしながら華麗にぶっ飛んでいった。
場は沈黙で支配される。
犯人も、サヤも、本来なら突入しなければならないはずの警察までも、何と反応すればいいのか分かりません、といった感じに立ちつくす。
「…………嘘!!」
風が吹き、空き缶がころんころんと転がる音が引き金となって、サヤは絶叫をあげてしまう。
夢にも思っていなかった展開に、サヤは唖然とする。
「しまった……貫通性のことばかりを考えていたら、衝撃の吸収までは考えていなかった……」
ユウヤは反射角がうんたらかんたらを言いながら、がっくりと倒れ伏してしまった。
「て、ええええ!!!」
一人その場に残されたサヤは絶叫をあげる。
ピンチ、ピンチ、ピンチ。
この変身スーツ、何の役にもたたない!!
サヤが犯人のほうを見ると、血走った目をしていた。こういう時、何かが引き金になって、切れる人が多いけど、犯人もその典型だったようだ。
「この、くそがきゃあ!!」
すでに冷静さを失った犯人は、サヤのほうに銃口を向ける。
「ふ、勝負において、冷静さを失った方に勝機はない!!」
と、サヤの頭には思い浮かぶけど、普通人であるサヤにそんなこと言えるはずもなく、その場に立ちつくしてしまう。
「あ……」
「危ない、サヤ!!」
銃声と、ユウヤの声が重なる。
サヤを庇うようにして走るユウヤ。手を広げて、サヤの前に立つ。
断続的に鳴り響く銃声。
それが、鳴りやむ。
「く……」
ユウヤはうめき声を漏らして片膝をつく。
「だ、大丈夫ユウヤ……?」
「僕のことはいい。サヤ、君こそ大丈夫か……」
普段の彼らしからぬ、息が絶え絶えだ。
「ええ。私は大丈夫だけど……」
「よかった」
ユウヤは満足そうに頷く。
「でも、これじゃあ」
弾切れでも起こしてくれたか、と思って犯人の方を見ると、マガジンを換えていた。
素敵に状況は変わらない。
「ど、どうしよう。ユウヤ……」
「ふん。なめて貰っては困るね。この僕が、この程度でやられるとでも思っているのかい? いでよ、レインボーブラスター!!」
ユウヤの叫び声と共に、どこからともなく黒色のバズーカらしきものが上空より降ってくる。
それを、ユウヤはキャッチして犯人に向けて構える。
「くらえ。レインボークラッシャーー!!」
バズーカから、虹色の本流がほとばしる。
拡散した七色の光は束となり、一本の閃光となって犯人へと降りかかった。
犯人は呆然と立ちつくし、その光の波へと飲み込まれた。
その光の勢いは止まらずに、そのまま天へと吸い込まれていく。
光が消えた後、地面に倒れて、煙をあげている犯人だけが残っていた。
「……終わったのね」
サヤが安堵のため息をつくと、ユウヤは何故か不満そうな顔をした。
「違う」
「え?」
「何で、こいつは大きくならないんだ」
ユウヤは大まじめな顔をしてそんなことを言う。
「いや、普通の人は大きくならないから……」
律儀なことに、サヤはそんなユウヤに大まじめにツッコミをいれる。
「いや、このまま終わって良いはずがない!!」
そう言ったユウヤは、懐に手をやってごそごそとあさる。
「お、あったあった」
と、ユウヤの懐から出てきたのは、一本のサンプル管だった。
「……何をする気……」
「こうするのさ」
ユウヤはぽいっと、そのサンプル管を、犯人に向かって放り投げる。
ぱりんと、割れた後、もくもくと白い煙が出てきて――ぐぐぐ、と犯人は巨大化していった。
「ちょ、何をしてるのよ――」
サヤが慌ててユウヤに問いつめるも、ユウヤは素知らぬ顔で、
「大丈夫。体が巨大化するだけじゃなくて、ちゃんと一緒に服も大きくなるわけだから、裸になったり何かはしないよ」
「だーかーらー。そーいう問題じゃなくてさあ……」
サヤは半分泣きそうになりながら、悲鳴を上げる。
犯人は、拳銃を持ったまま、
「な、何じゃこりゃあ……」
どうやらパニックを起こしているようで、ばたばたと暴れまわる。当然のことのように、犯人が持ってる拳銃も大きくなっている。
巨大化しているだけあって、犯人が手足を動かすだけで、建物が崩れ堕ちていった。
「く、悪党め。暴れ回って、町を壊すとは――」
「あんたのせいでしょう!!!」
「仕方ない、こちらも合体ロボで対抗だ」
この程度のツッコミでひるむユウヤのはずもなく、ユウヤはなにやらブレスレットに呼びかける。
「いでよ、ドリルレンジャイ!!!!!!」
ユウヤの叫び声に連動し、今度は銀行の地面がえぐれて、何だかサイバーなロボットが登場する。頭がとんがっていて、全体的に丸みを帯びたフォルム。背中には二対のバーニア。どこかで見たことがあるようなデザインのような……
「ジャイアントロ……」
……まあ、これ以上はNGワードだから言いませんけれど。
「それにしても、随分と早い登場ね……」
「こんなこともあろうかと、最初から銀行の地下にひそませていたのさ」
下手したら、こやつのほうが銀行強盗ではあるまいな、なんて頭の片隅によぎっていった。
「これって、どうやって乗るの?」
降りてきたのはいいけれど、素朴な疑問をサヤは投げかける。
戦隊物の番組のように、出てきた瞬間に、ロボットに乗っているという状況にはなっていないためだ。
しかも、サヤが見たところ、とても乗る場所があるように見えない。
「大丈夫だ」
ユウヤが、ぴっとリモコンを押すと、頭が割れて、そこからはしごが降りてきた。
「……下手なところだけリアリティがあるわね」
うんとこしょ、とコクピットに乗り込んで、座席に座る。
「これって、どう操作するの?」
サヤのみたところ、レバーもスイッチも見あたらない。
「大丈夫、頭の中に想像すればいいだけさ」
ユウヤにそう言われ、サヤが想像すると、ロボットはがしょんと、ポージングをとった。
「なるほど」
サヤは上唇をなめて、
「いくわよ――――」
地面をえぐりながら、ロボットは走る。
犯人はもこちらのほうを向いて、
「上等だあ」
犯人の口から、変な光線が発射され、ロボットはその光に押し流されるように吹っ飛ばされる。
「え、ええ。きゃあ……」
衝撃でロボットは転び、サヤは全身に激しい衝撃を感じる。
「いったーー。一体何なの、あれ」
サヤはおしりをさすりながら、ユウヤに尋ねる。
「さあ、薬の副作用じゃない?」
ユウヤは人ごとのように、答える。
「あんたがやったんでしょうが。あ・ん・た・が!!」
サヤはユウヤの肩を掴んで、思いっきり揺さぶる。
「前、前」
ユウヤはちょいちょいと、画面のほうを指差す。
見ると、犯人はもの凄い形相をして、迫ってきていた。
「きゃ!!」
条件反射的に、ロボットのパンチが犯人の鼻面に炸裂した。
犯人はのけぞって、顔を押さえる。
「き、貴様ああぁ。もう、許さん!!」
犯人は、鼻血を滝のように流しながら、激昂する。
そのまま、犯人とロボットは手を組み合い、押し合いの体勢になった。
「こ、のおおぉぉ!!」
サヤの気合いに連動するように、ロボットは体をひねって犯人の体を投げ飛ばした。
周りの建物を粉砕しながら、周りにいた警察の人や、野次馬の方々はそれに巻き込まれて、紙くずのように飛んでいく。
「よーし……」
「あ、サヤ。カラータイマー鳴ってるよ」
確かに気がつけばコクピット内は赤いランプがともり、ぴーこんぴーこんいっている。
「この、アラームは何なの?」
「あ、別に深い意味は無いけど、三分しか動けないようにしてるんだ。このドリルレンジャイは」
……戦い初めて、すでに二分十六秒が過ぎている。
「時間過ぎると、どうなるの?」
「当然動かなくなるよ」
「…………」
「あ、ちなみに付け加えると、ぴったしかんこんで動かなくなるから」
「どーして、そーいうことするのよー!!」
もはや我慢の限界と、サヤの慟哭がコクピットの中に木霊する。
「だって、時間制限は基本でしょ」
もはや、色んな物がごちゃまぜだ。
一体このロボットのコンセプトはなんなのだろうか。
「仕方ない。サヤ、必殺技を使おう」
「必殺技って?」
「説明してる暇はない!! とにかくサヤは、僕と言葉をあわせるんだ」
「……わかったよ。もう」
サヤはもはややけくそと、ユウヤの言葉に承諾する。
「くらえ、銀河を砕く――」
「銀河を砕く――」
『ギャラクティカクラッシャー!!!』
ロボットが構えたキャノン砲が火を噴いた。
視界は圧倒的な光によって埋め尽くされる。
犯人はまたしても光の奔流にのみこまれ、星の彼方へと飛んでいってしまった。
「正義はかならず、勝つ」
ユウヤの決めぜりふに、何かが大きく間違っているような気がしたのは、気のせいに違いない。
その後。
「ふう、今日は疲れたわねえ」
化学室の椅子に座って、サヤはおばさんっぽくごきごきと、肩をならす。
「ふ、今日の僕はどうだったかな、サヤ?」
ユウヤは、目を煌めかせながら、サヤに問う。
「そーねえ。ちょっとだけ、格好良かったよ」
その言葉に、ユウヤはそのまま昇天してしまうんじゃないのかレベルの表情を浮かべる。
そして、サヤは重大なことに気がつく。
今日は、セントバレンタインデイ。
女の子にとっては、とっても大事な日。
サヤもチョコレートを持った女の子、のはずなんだけど――
「ねえ、サヤ。そのチョ、チョ、チョコレートは?」
ユウヤはドキドキしながら、尋ねる。
「え、無いわよ。ごめんね。あはは、あははは……」
サヤは適当にごまかして、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一人残されたユウヤは、両手を広げて、神様に向かって問いかける。
「何故だ。何故なんだ!! 何故サヤはチョコレートを僕にくれない」
今回の戦隊ヒーロー者は全てユウヤの作戦だったのだ。
わざとらしく弱めに作っておいたヒーロースーツでサヤをかばい、力を合わせて悪を砕く。そして、ユウヤのことを見直したサヤがチョコレートをもらえるはずだったのに――
ユウヤは気付かない。
今の争いのせいで、サヤのチョコレートが駄目になってしまったということを。
そして、そんな作戦を行うなら当日にやっても意味がないと言うことを。
やっぱり、ユウヤはとんでもない天才で、とんでもない馬鹿であった。