突然ドアが開き、純白のドレスに身を包んだ女性が姿を見せる。その美しいドレスに勝とも劣らない女性の姿に僕は釘付けになってしまう。
「はじめに言っておきますが、これからあなたは一切質問をしてはなりません」
「はい?」
いきなりのこの物言いに、僕は情けない声を上げてしまう。
「ちょっと……」
「言ったはずですが。あなたには質問をする権利はありません」
「すみません」
きっぱりと断言され、気の弱い僕は謝ってしまう。唐突の出来事であったために、多少混乱しているのかもしれない。
「あなたはこれから、私と共に墓場までついてきて貰います」
「な、な?」
簡単に解釈すると、今から死ねと言われているような物だ。それにこの有無を言わさない物言い。まるで死神(相手が女性だから死女神か)に連れて行かれる気分だ。相手の格好が定番の真っ黒なものでなく、真っ白というのも今時の演出らしい。
「まず、私についてきて貰うにあたって、あなたにはしてもらわなければならないことがあります。あなたにも未練の方はおありですよね」
「未練って」
そう言われてまず僕の頭に浮かんだのは、冷蔵庫に入れっぱなしにしておいたはと屋のプリンが思い浮かぶ。そういえば、賞味期限は今日までだっけ。まいったなあ、今日はもう帰られそうにもないから賞味期限が過ぎてしまう……こんな大事な時なのに、思い浮かぶのがプリンというのは非常に情けない。
「まあ、あるにはあるけど」
「では、それをなさっておいてください。後で後悔することのないように」
「いや、いいよ。別に」
そんなものが僕の未練だなんて死んでも思われたくない。思ったのは事実だけど。
「後悔しても知りませんよ。それでは」
女の人は袖から手鏡を取り出した。
「これで身支度を整えてください。これからゆくところでは、もうそのようなことも出来ませんので」
僕は手鏡を受け取り、覗いてみる。しっかりと整ってある。完璧だ。
「ありがとう」
礼を言い、手鏡を返した。
「構いませんよ。それでは、最後に言っておきたい言葉などありますか?」
ようやく自由に発言する許可の下りたところで、僕は尋ねる。
「今から僕たちは何処に行くのかな?」
女の人は小首を傾げて、
「教会ですよ。私たちはこれから結婚をするのですから」
さも当たり前のことのように言い切った。さすがに、その態度には唖然としてしまう。
「一体何だったんだ。今の会話は」
「あなたがいつも優柔不断だからですよ。このくらいはっきりと言わないといけないと思いましたので」
「……」
反論できないことが痛いところである。
「結婚は人生の墓場と言うじゃありませんか。本当によろしかったのですか? こんな私と結婚するなんて。後悔なさるんじゃないですか」
今までの彼女の様子とは異なり、不安そうな顔をそらす。
何だ。それが聞きたかっただけなのか。
僕は少しだけおかしくて、回りくどくて、臆病な彼女に向かってゆっくりと微笑みかけた。
「大丈夫。それは絶対にないよ」