神様談義

 

 青色の狭い部屋に、四人の人達はそれぞれ持ち寄った椅子に向かい合って座り、頭を悩ませていた。
「神様。死んじゃったのう」
 そのうちの一人である、立派なしろ髭を生やした老人が名残惜しそうに呟く。その老人の名は、豊穣といった。
「そうねえ」
 老人の向かい側に座る女性はつまらなそうに答える。彼女の名前は創造という。
 彼女が頷くのにあわせるように、残りの二人も頷く。そのうちの、こくこくと何度も頷いている幼稚園くらいに見える女の子の名前は破壊、平凡な大学生にくらいに見える青年は調和といった。
 彼らは、その名前が意味するとおり、この世界を司る存在である。そして、その彼らが悩ましている問題は、彼らの上に立つ"神様"が死んでしまったのだ。
 何故、死んでしまったのかは分からない。神様と呼ばれている存在にも寿命があったのか、それすらも不明だ。でも、そのようなこと、死んでしまった今となってはどうでもいいことである。
 問題はその先。元々世界とは不安定に出来ている。いつも同じ重さの物をのせた、天秤のようにゆらゆらと安定しないのだ。故に、この世界は神様がいないと存在することが出来ない。
 この四人は神様が死ぬなんてこと考えたこともなかったため、困った困ったとそれぞれ頭を抱えているのだ。
「とにかく。死んじゃったものは仕方がないんだから、私たちの誰かが神様になれば、いいのじゃないかしら?」
 創造の提案に、豊穣ははて、と首を傾げ、
「誰が神様になるのじゃ?」
 と、尋ねた。
「そうねえ。誰が、いいかしら?」
 創造は自分以外の残り三人を見回してみる。
「それなら、わしが一番じゃろうて」
 豊穣は自慢のあごひげを撫でながら答えた。
「何でかしら?」
 創造は目を鋭く細めて、豊穣を見据える。
「それは、世界は豊かでなければ、存在する意味がないからじゃよ」
「ふん。ぼけたこと言ってんじゃないわよ」
 余裕のある笑みを浮かべる豊穣に、吐き捨てるように創造は言い放つ。
「この世界が豊かになるのみじゃ、すぐにパンクしてしまうわ。大体あなたみたいな老人が豊穣って事自体間違っているのよ。それじゃ豊かになるどころか、そのまま枯れて消えてしまうわ」
「……むう。わしの姿は関係ないと思うんじゃが」
 豊穣はしょんぼりした声をあげる。
「まあまあ。それは豊穣さんの、その姿は徳の現れですので」
 見てて哀れに思ったのか、調和はやんわりとフォローする。
「そうじゃ。その通りじゃ。全くもう、近頃の若いもんは」
「とにかく」
 ぶつくさと言い始める豊穣をよそに、創造は話を次に進める。
「豊穣はさっきの理由で駄目ね。となると」
 創造は口元を弛める。
「あの……」
「あたししかいないわね」
「何でじゃ?」
 先程のことを根に持っているのか、豊穣は間髪を入れずに問い返す。
「物事は、生まれてこなければ何も始まらないわ。よって、産みだしものであるあたしこそが神様にふさわしい」
「ふん。それこそ論理のすり替えじゃ。根本的には増える一方で、わしと変わらんではないか」
「ぐ……」
 創造は言葉を詰まらせる。ち、じじいが、素直に耄碌していればいいものを、と横を向いてぼそりと呟いた。
「わしとしては、調和を押すぞ。これなら増えることもなければ、減ることもない。そうすれば、世界は安定じゃ」
「あの……」
「よしてよ。全てが安定していて、全く進歩のない世界なんて存在する価値なんて、砂漠の砂粒一つの価値もありゃしないわ」
 今否定された反動か、口汚く創造は否定する。やってられないとばかりに、横をむいて手の平をひらひらさせる。
「……と、なると」
 残った女の子に視線は向けられる。
 女の子はにぱっと満面の笑みを浮かべて、
「あははー。ぜんぶこわしちゃって、いいのー?」
 三人は思った。こんなものに世界を任せたら一瞬で終わる。それだけは間違いない。
「ふーむ。わしらじゃと偏ってしまうのう。だったら、わしじゃなくて人を神に据えてみるのはどうじゃ?」
「悪くはないわね」
 豊穣の言葉に、創造は顎に手をやり頷く。
「でもそれだと、それ相応の人を探さないといけないわね。それまで世界は持つのかしら」
「それこそお前さんの分野じゃろう。適した人を創造することは出来んのかね?」
 すると、創造は呆れたように息を吐く。
「馬鹿なこと言わないでよ。いくらあたしでも赤ん坊からしか創造することは出来ないわ。じゃなきゃ、あんたら元々いらないし」
「あのうー」
「あーもう。あんたさっきから一体何なのよ。言いたいことがあるんなら、はっきり言いなさい! なよなよとして、本当にあんた男なの」
 おどおどと発言する機会を窺う調和に、今にも噛みつかんばかりの調子で創造は促す。
「いや。その。神様ってそもそも何なのかなって、思って」
 その言葉に、創造は首を傾げた。
「それは何でも出来る存在なんじゃない」
 どうでもいいことのように、創造は言い捨てる。
「確かに。言われてみれば、神様というのは何なのじゃろうなあ」
 豊穣はまるでそこにお茶を持っているかのように、口に運ぶ動作をする。それから徳の高い笑みを浮かべる。創造の言葉通りぼけているのかもしれない。
「ふん。確かにそれは問題ね。そもそも神様がなんなのか分からないと、この問題はどうしようもないわ」
 創造は足を組み替える。
「そもそも神様になるのって、試験とか資格とかが必要なのかしら」
「いや、そんな話は聞いたことがないのう」
「あの……」
「あら。じゃあ神様になる素質を持っている存在がいるとでも言うの? 神様が死んだ瞬間にその力が継承されるような」
「いや。そんなことはないとわしは思うぞ。そんなことがあるのなら、神様も事前にわしらに話してくださるはずじゃからな。恐らく神様自身、亡くなるのは予想していないことだったんじゃろう」
「それ以前に、一体全体何を基準に神様っていうのを定義しているのよ。まさか、神様の印なんてあるはずもないでしょうし」
「そのう……」
「神様に相応しい存在が、自然と神様となるだけの話かもしれないのう」
「何それ。だったらあたし達がここで頭をひねらせている必要なんて、全くないじゃない」
「むむう」
「だからですね……」
「ああもう!」
 いい加減頭に来たのか、創造はハイヒールで地面を思いっきり踏みつける。かつーんと、いい音をたてて響いた。
「あんた。言いたいことがあるんならはっきり言いなさい。本当に下のついてるの!」
 おどおどと会話に加われない調和の態度に、ご立腹の創造は調和に向けて指を突きつける。
「えーとですね」
 こほん、と調和が咳払いをする。
「僕が思うんですが」
「みんなで、かみたまになろーよ」
「…………」
 無邪気な笑みを浮かべて、きゃっきゃと両手を楽しそうに広げる破壊。凍り付く創造と豊穣。口を開いたままの姿勢の調和であった。




 この世界には四人の神がいる。世界は創造され、豊穣によって発達し、調和によって安定し、破壊によって終わりを迎える。そして、また新たに創造される。そうやって世界は回り続けてる。