だいきちくん

 

「やった。出来た。ついに出来たぞ!」
 年の暮れの大晦日。いつもと同じように、トレードマークの白衣をなびかせているユウヤは高らかに拳を握りしめた。
 ユウヤが握りしめているのは、なにやら怪しげな機械が取り付けられた手袋である。
 そこで、ユウヤは壁に掛けられた時計に目をやった。
「む」
 時計の針は午後九時を指している。
「いかん。こうしてはおれん。善は急げだ」
 ユウヤは手袋を白衣のポケットへと詰め込んで、自分の部屋を飛び出した。


 ぴーんぽーん、とベルの音が鳴る。
「はいはい」
 ぱたぱたとスリッパを滑らせて、サヤは玄関へと向かう。ドアを開くとそこにはユウヤが立っていた。
「あら、こんばんは。こんな時間にどうしたの?」
 サヤが尋ねながらも、背筋になにやら薄ら寒い物を感じた。長年磨かれ続けたアンテナかもしれない。
 ユウヤは子供のように目を輝かせて、
「サヤ。これから初詣に行こうじゃないか!」
 と、言った。
「……こんな時間に?」
 現在の時刻は九時十分。お寺に参りに行くには少しばかり、早い時間だ。元々元旦の昼前にしか参りに行かないサヤは尚更そう思う。
「そうだよ。この時間でなければ意味がないのだ」
 ユウヤは言うやいなや、サヤの手首を掴み無理矢理ひっぱていった。


「もう、一体何なのよ……」
 部屋着のまま連れ出されてしまったサヤは、手をすりあわせながら、神社の隅で腰を下ろしている。いくらユウヤから白衣をむしり取ったとはいえ、こんな物はほとんど何の足しにもならない。
 一方のユウヤはというと、(何故か)学ラン姿にもかかわらず、壁に背中を預けた姿勢のまま全然寒そうにはしていない。むしろ、目は熱く燃えている。
「……寒くないの?」
 サヤは両手に息を吹きかけながら尋ねると、ユウヤは拳を握りしめて、
「僕の熱いリンドバーグを凍り付かすことは、何人たりとも邪魔することは出来ないのさ」
 などと、おおよそ意味の分からない返答が返ってきた。
 サヤは変態のことをそれ以上気にせず、境内へと視線を向ける。自分たち以外にも何人かの姿が見える。それはバイトの巫女さんであったり、自分たちと同じようにフライング気味な参拝客だ。サヤは都心の大きな神社でもないために、こんな時間から人がいるとは思ってもいなかったため、何となく感心した気持ちになってしまう。そんなに一番に神様に参りたいものなのだろうか。
「あーあ。バケモノVSボンビーが見たかったんだけどなあ」
 などと呟きながらもちゃんと付き合っている人の良いサヤであった。
 零時までまだ時間があるので、ポケットから携帯電話を取り出して年賀メールを作成する。別に零時丁度に送るような迷惑な真似はするつもりはないが、それ以外することがないのだ。
 それも、一時間もあれば完成してしまい、完全にサヤは手持ちぶさたになってしまった。
 ……そういえば、ユウヤって信心深かったっけ?
 思えば、今までユウヤと一緒に初詣になど来た記憶はサヤにはなかった。
 いつも化学だ法則だ確率だなどとほざいている割には、神様を信じているのだろうか。何となく不思議に思ってしまう。
 そんなことを思っているだけでも時間というのは意外に流れる物で、気付けば今年も残り僅かとなっている。
「ちょ、ユウヤ。あたし達も並ばなくていいの?」
 参拝に来ている客が本堂の方に並び始めているのを見て、サヤは焦りの声を上げる。折角こんな時間に来たのに、一番に参れなかったら意味がないではないのではないのか。
 壁により掛かっているユウヤを見ると、
「むにゃむにゃーん」
「…………」
 完璧に眠っていた。
「こら、起きなさいユウヤ。寝たら死ぬわよ!」
 サヤはユウヤの頬をべしべしと思いっきりひっぱ叩く。
「む、むう。おはようサヤ。今日も良い天気だね」
「もう、どうでもいいわ。とにかく、ほら。もう人が並んでいるわよ」
 サヤは本堂の方を指さす。
「ふーん」
 ユウヤは寝ぼけているのか、やる気なさげだ。
「ふーんって。いいの?」
「うん。そちらのほうには特には興味ないしね」
「へ。どういうこと」
 ユウヤの意外な発言に、サヤは口をぽかんと開いてしまう。自分で神社に来ているくせに、お参りに興味がないとは聞いたことがない。
「あのねえ。それじゃあ一体なにしに神社にやって来たのよ!」
「愚問だね。あれを見たまえ」
 ユウヤが、ずびしという擬音とともに指を突きつける。
 その指が向けられた先は、巫女さんが立っていた。アルバイトなのか自分たちと同い年くらいに見える。あんな格好で寒くはないのだろうか。結構可愛らしい子だなあ、なんてことをサヤは思いつつようやく、自分が何故ここに連れてこられたことを悟る。
「ユウヤ。あんた、こんなことが理由であたしをこの寒空の下に連れ出したって言うのね。ふーん。そうなんだー。へぇー」
 サヤの目に暗い殺意がこもる。
「ち、違うぞサヤ。落ち着くんだ。君は何か大いに勘違いをしている。そう、言うなればルソーとキャミルソールを間違えているようなものであって……」
 拳をごきごきと音をたてつつ、ゆうらりとユウヤに近づくサヤ。ユウヤは知らず知らずのうちに、壁際まで追い込まれていていた。
 しかし、ぼーんという鐘の音が響いた。どうやらいつの間にか零時を回ってしまったらしい。
「しまった!」
 ユウヤはこうしてはいられないとばかりに駆け出した。
「ちょっと。一体どこに行くのよ?」
 我に返ったサヤは慌ててユウヤの後を追う。
 ユウヤが向かった先は巫女さんが両手で抱えてある、おみくじの入った箱であった。
「オミクジ一回」
 ユウヤは百円を握りしめて、バイトの巫女さんへと手渡した。
「……ひょっとして、ユウヤの目的ってこれ?」
「無論」
 ユウヤは頷くと、ポケットの中からなにやら手袋を取り出した。手袋には色とりどりのワイヤーが伸びており、そのワイヤーはポケットへと収まっている。
「それは?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれた。これぞ、名付けてだいきちくんだ! 何とか元旦という日付に間に合ってよかった」
 名前だけでどんな効果の発明品か手に取るように分かってしまう。
「冬休みになって、自分の部屋にこもっていると思ったら、こんな物を作っていたのね……」
 まさかおもくじで大吉を引くためだけの物を作ってくるとは。サヤは呆れることを通り越し、感心するしかない。
「さあいけ。運命改変!」
 ユウヤは箱の中に手を伸ばし一枚のオミクジを取り出した。オミクジの番号は四十九となっている。
「何だか、嫌な番号ね」
 サヤは素直な感想を漏らした。そして、オミクジを開くと凶という一文字が記されてあった。
「……ば、馬鹿な凶。凶だと! この僕が計算をたがったとでも言うのか!」
 ユウヤはあり得ないと言わんばかりに、両手で頭を抱えて悶絶する。
「ねえユウヤ。その手袋ってどんな仕組みになっているの?」
「勿論、最も枚数の少ない物を引き抜くことの出来るようになっているはずなのだが」
「ああ、だったらそれはユウヤの間違いじゃないわよ」
 サヤは凶と書かれたオミクジを受け取りながら答える。
「だって、大吉が少ない訳じゃないもの。むしろ他の吉とか小吉よりも多いんじゃないかしら」
「馬鹿な! 大吉だぞ。一番の幸運なんだぞ。なにゆえ、それが多いんだ。おかしくはないのかそれは」
「だってねえ。おみくじって一年の始まりの景気づけの意味なのよ。そういう意味じゃ凶って逆に珍しいわね」
 そもそも凶というくじが入っていることすら珍しいのだ。毎年おみくじを引いているサヤも初めて見る。ユウヤのだいきちくんが反応するのも、無理らしからぬことと言えるだろう。
 その内容を見ると、待ち人は来ずや、失物出ず、などショッキングなことが書かれていた。さすが凶である。正月早々容赦がないというものだ。
「ま、ずるをするからそんな目にあうのよ」
 肩を落としているユウヤの肩を叩きながら、サヤはちらりともう一度凶と書かれた紙を見てみる。
 ……でも。悪いことばかりじゃないものね。
 恋愛の項目は、誠意を持って接せよ、と書かれていた。