とうとう私もお留守番デビューの時を迎えました。
一般的な方々と比べまして少しばかり遅いのですが、これで私も立派な大人の仲間入りというものです。
家の方々は大丈夫、と私のことをとても心配しております。
けれども、それは大げさというものです。実際こんなものは、何事もなくお茶でも飲んでいればそのまま過ぎてしまいます。
そのはず、だったのですが……。
「立てこもり中の犯人に告ぐ。ただちに人質を解放し投降しなさい!」
何故だか私は今、銃を突きつけられてしまっております。
私、何か間違ったことをしたのでしょうか。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンと呼び鈴が連打されておりました。そんなに急ぎの用事なのだろうと思いまして、慌てて玄関の戸を開けます。そこには一人の殿方が立っておりました。
家に入れろ、とその方は申します。目と口の部分しか開いていない物をかぶっておりましたから、私はとても寒かったのだろうと思い、言葉通り家にあげてあげたのです。すると、いつの間にやら私の額に銃を突きつけられていましたのです。
いくら私でも銃くらいは知っております。あの黒いやつの先っぽの丸い穴から、ドカーンと発射されるのです。
それに当たると、とっても痛いのです。
私、痛いのは嫌です。血がドバーって出ると死んじゃいます。
私は死にたくありません。
だからその方の申されるように、私は何もせずに立っております。
「そのような弱者を盾にして恥ずかしくないのか!」
外にいる方々は、近所に響き渡るほどの大音量の叫び声を上げております。今時珍しいほどの、とても男らしい声でした。
けれども、私に銃を突きつけている方も負けてはおりませぬ。
私は寒がりですので家の中はとても暖房が効いております。そのため、目と口の部分しか開いていない帽子をかぶっている必要はありません。それを脱いで額を拭われている、とても素敵な顔立ちをした殿方がそこにおられました。とってもきりっと太い眉に切れ長の瞳です。
なんと男らしい方なのでしょう。
……ああ、いけません。私には、生涯心を誓った方がいるというのに。
こんな思い抱いたらいけませんのに。ああ、だけれども私は。
ちらりと、その方の横顔を窺います。彼は真剣な面持ちで、ぶつぶつと何かを呟きながら、考え込んでいられます。額に浮かぶ汗のつぶも男らしさを増させております。
何に必死なのかは存じませんが、真剣な表情の殿方はどこの世界でも格好良いものです。
胸がどきどきと高鳴ります。まっすぐに、その方の顔を見ることが出来ません。
「やっぱり、こいつは連れて行くべきか……」
そのお方の呟きに、私の胸はひときわ大きく脈打ちます。
ひょっとすると、私は恋というものに落ちてしまっていたのかもしれません。だって、こんなに胸の奥がときめいているんですもの。
私は自然と手が伸びておりました。彼の両肩に手を置き、彼の顔に私の顔を近づけます。
咄嗟のことで彼は驚いたのでしょうけど、へ、という短い言葉を口にするだけで、抵抗することもなく私の顔を見つめておられます。
嫌なら拒絶するはずです。でも、しない。
彼は目を見開いて、興奮しているのかがくがくと体を震わせつつも、黙って私が口づけをするのを待っています。
ごめんなさい、孝史さん。私は悪い子です。でも、この気持ちには嘘はつけないの。
「す・き・よ」
私は頬が熱くなるのを自分でも感じながら、彼の唇に口づけをしました。
――次の日の新聞の見出し。
お手柄おばあちゃん。家に乗り込んできた強盗犯を逮捕。
犯人は何か、恐ろしい物でも見たかのように、
「しわがー。しわがー」
と、絶叫して泡をふいていた模様。