魔女っ娘さくら

 

 ピンク色の空。その中に浮かぶドーナツ型の雲たち。カラフルな色の建物と地面。
 ああ、これは夢だなって私は思った。いつも見る夢と同じ風景だからか、自然と夢だと理解することが出来たのだ。
「何、このメルヘンいっぱいな世界」
 で、私の夢のはずなのに、遠慮無用な突っ込みが横から入った。
「な、な」
 そんな馬鹿な。生まれてこの方十六年。自分が夢だと自覚しているときに、今みたいな夢に対する突っ込みが入ったことは初めてだった。
 私と同じくらいの歳に見える男の子が、地面に横になっている私の顔を覗き込んでくる。髪の毛つんつんなのが印象的だ。
「あなた誰?」
「俺は佐藤翔。これからよろしく、鈴木さくら」
「よろしくって」
 彼はにこにこ笑いながら手を差し出してくる。私は混乱しながらもその手をとって、立ちあがった。夢の中なのに、その手は温かかった。
「しかし、あんたすげー格好だね。この世界といい」
 その言葉で私は赤面してしまう。
 ちなみに、今私のしている格好は、ふりふりのスカートにマジカルステッキを片手に持った、いわゆる魔女っ娘な格好である。高校生がするには、少しばかり恥ずかしすぎる格好だ。
「やっぱ、変身願望とかあるの? ぴかぴかぱるーん、ぽりちっちとか呪文唱えたりしたいんだ」
「違うよ。正確にはぴっかぴっかぱるーん。ぽりんちー、だよ」
 私は何を言っているのだ。つい反射的に答えてしまったが、これではあると言っているような物ではないか。
 佐藤君は口元を抑えて笑っているのを隠そうとしているが、全く上手くいっていない。
「いや、別にそんなのないんだけど……それよりも、あなたは一体何なの? どうして、私の夢に出てくるの!」
 ぶっちゃけますと変身願望は大いにありますが、そんなものは秘密だ。私は照れ隠しながらも無理矢理話をそらす。
「俺が出てきてるのは。君が死んだから」
「………………はい?」
 たっぷり六秒かけて私は聞き返した。
「え、え? 私死んだのって、何でー。じゃあ何で、今夢見てるの。ひょっとして胡蝶の夢ってやつ?」
「いや、それは儚い物事のたとえだし、どっちかというと走馬燈?」
 夢バージョンの走馬燈もあるのか――
「じゃなくて、何で私が死んだのよ!」
「いや、正確にはまだ死にかけなんだけど、覚えてない?」
 佐藤君はまっすぐに私の顔を見据える。
「えーと」
 ――思い出した。
 高校からの帰宅途中で、車が来ているのに、道路に飛び出した子供がいたのだ。私も咄嗟に飛び出して子供は何とか突き飛ばせたけど、私自身は……。
「じゃあ、あれで私、死んじゃったんだ」
「まだ死んでないって」
「それなら、あの子は助かったのかなあ」
 私が死んでいるんなら、それだけが気がかりだ。
 私が身を挺したのに助からなかったなんて言ったら、神様だって許しはしない。
「あんたと一緒の病院に運ばれたみたいだけど、そっちは大した怪我もないみたいだって。さっき看護師さんが言ってるのが聞こえたよ」
「そっか。よかった」
 安堵のためか私は体中から、力が抜けるのを感じた。
「あなたはひょっとして天使さん?」
 改めて佐藤君を見つめてみる。
 彼の格好は真っ黒な制服だ。どちらかといえば死神である。目つき悪いし。
「いや」
 やはり死神か!
 ……じゃなくて、彼はにっこりと笑って私の顔を見ている。
「まあ、いいや。俺のことは夢から覚めたら誰かに聞いてくれ」
「え、私も助かるの?」
「助かってくれないと俺が困る」
 佐藤君は曖昧に笑った。
「じゃ、今回は顔を見に来ただけだから。良い子そうでよかったよ。魔女っ娘の姿見たときは正直びびったけど」
「別に魔女っ娘は関係、じゃなくて。だから、どーいう?」
「それでは、魔女っ娘に敬意を表し、一つ本当の魔法をおかけしましょう」
 パン、と佐藤君が手の平を叩くと、世界の輪郭がぐにゃぐにゃとねじ曲がり始めた。
「え」
「それじゃまた。運が良ければ、夢の中で会いましょう」
 彼が慇懃に一礼したところで、私は目を開いた。


 結局私は助かった。
 臓器の一つが潰れて酷い状態だったらしいけど、奇跡的にその臓器の提供者がいたからだ。
 ようするに、彼がドナー(臓器提供者)で、私がレシピエント(臓器提供を受けた人)ということ。
 プライバシーの関係上、病院では彼のことは教えて貰えなかったため、夢で聞いた名前だけを頼りに、彼の実家を探し当てた。当たり前だ。彼のかけてくれた魔法に比べれば、こんなことは根性を出せば簡単なこと。
 そこで彼の写真を見せて貰うと、夢で見たとおりの顔が映っていた。
 彼の母に話を聞くと、佐藤君は高校生になる直前に事故にあったようだった。そして先日、脳死の判定を下されたらしい。
 だから、彼は夢の中で制服を着ていたのかなんて思いながら、自分の胸を撫でる。
「ありがとう」
 そんな風に呟くと、
『どういたしまして』
 と、魔法使いが返事をしてくれた気がした。
 語尾に、魔女っ娘さん、なんてついていたのはきっと私の気のせいだろう。