メガネにかわっておしおきよ!

 

「お前って、アキバ系美人っぽいなあ」
 授業が終わった放課後の喧噪。
 子供の頃から比べてすっかりと格好良くなってしまったサトシが、アユミの方を向いてから、そんなことを呟いた。
 アユミは美人という言葉に反応して、どきっとしてしまう。
「アキバ系美人って、何それ?」
 アユミは顔が赤くなっているのを隠すために、そっぽを向いて聞き返す。悪いがそんな言葉、聞いたことがない。
 アキバ系という言葉が、夢の都秋葉原をさしていることくらいアユミにだって分かる。けれどもいかんせん、田舎に住んでいる身としては、秋葉原で何が流行っているかなど馴染みがない。
「いや、朝ニュースで言ってたんだけど、お前みたいなビン底眼鏡かけていて、三つ編みのやつのこと、そう言うらしいぜ。今の流行だって」
「へー」
 この間まではメイドと執事が流行っていたと思ったら、次はよりにもよってビン底眼鏡と三つ編みか。
「じゃ、じゃあさ。サトシはその流行ってどう思う?」
 アユミは手の中にある指輪をぎゅっと握りながらも、そっぽを向いて、出来るだけ無関心を貫きつつ尋ねてみる。
「え、俺。んーと、そうだなー」
 どきどきどき。
「なんちゅうか、眼鏡と三つ編みって、奥ゆかしい感じがしていいなあ。大和撫子って感じがさ」
 おー。アユミは心の中で喝采の声をあげた。
 棚からぼた餅。これだと、先月から始めたバイトは無意味になるかもしれない。給料が出たばっかりだというのに、あのお金はどうしよう。
「でも、ま。美人って言葉はお前にゃ、全く似合わねーけどな」
 そんな風に、右肩昇りにわき上がるアユミの心を、凍り付かせる一言が繰り出された。
「やっぱ眼鏡は、ヤヨイちゃんみたいな可愛い子がかけないとなー」
 尚もけたけたと無神経にサトシは笑っている。その様子に、アユミはかちんとくる。
「何よ。あんたなんてむっつりオタクのくせに!」
「な、なんだよ。それ」
「ふん。あんたみたいな隠れオタクのことよ。本当は、ガンダムとか大好きなくせに、必死に隠して、ださいったらありゃしない」
 遠慮ない大声でアユミが言うせいか、辺りに筒抜けだ。みんなくすくすと笑いながら、こちらを見ていた。
 そのためサトシは赤くなっている。いい気味だ。
 アユミは見ている人達をずかずかと蹴散らして、教室の外に出る。サトシが後ろで何か叫んでいるが振り返りはしない。
 ふんだ。ふんだ。ふんだ!
 そりゃ、自分の見てくれは、ビン底眼鏡に三つ編み姿なんて、戦時中の女学生みたいな格好だ。
 だけど、今の言葉は傷ついた。
 無神経な言葉に傷ついた。
「ふふふふ」
 アユミは下駄箱で立ち止まり、不気味な声を漏らす。
 まあ、いい。
 どん底に落ちたら、後は上がっていくだけだ。
 恥ずかしいから、しようかどうか悩んでいたけれど、今決めた。
 やってやる。やってやるぞ。シャア少佐だって、戦場の戦いで勝って、出世したんだ――いや、全然関係ないけど。
 とにかく、アユミの心は復讐心でいっぱいだった。
 この恨み、はらさでおくべきか。明日、ヤッテヤル――

 ――で、次の日。
「おはようございます」
「おはようって、ん?」
 通学路を歩いていたサトシが、声のした方を見ると固まった。
「……あの、どなたです?」
 そこにはサトシには見覚えのない少女が立っていた。
 さらさらの髪の毛に、切れ長の眉。日本人形を思わせる綺麗な子だった。
「あの、私。サトシ君のことが好きです」
 見知らぬ美少女からの突然の告白に、サトシは真っ赤になってしまう。
「あ、その」
「私と付き合ってくれませんか?」
「いや、俺。君のことよく知らないと言うか、俺には好きな――」
 しどろもどろになるサトシに、彼女は吹き出すような笑い声を上げた。
「あははは。まだ、わからないのかしら」
 彼女は軽く髪をかき上げてみせた。その時に、見覚えのある指輪が見えた。アユミが子供の頃からつけているオモチャの指輪だ。
「ま、まさか。お前アユミか」
 愕然とするサトシを前に、アユミは笑いを抑えることが出来ない。
 昨日バイト代をつぎ込んで、眼科でコンタクトレンズを買い、美容室に行ってきた。そして、今朝は念入りに化粧をしてきたのだ。
「女性は化けるものなのよ」
「……お前なあ、そういう悪趣味な真似は止めろよな」
 サトシはぶすっとしてそっぽを向く。騙されて悔しいというのもあるのだが、いきなり綺麗になってしまった幼なじみを、気恥ずかしくて見ていられない。
 眼鏡を外したら美人になるなんて、古典もいいところだ。
「あら、告白は嘘じゃないわよ。私はサトシのことが好き」
「……え」
「ちょっと。真っ赤になってないで、ちゃんと答えてよ。ねーってば、ねー」
「でも、その指輪だけはあってないぜ」
 サトシは苦し紛れにそんなことを言った。前の格好ならいざ知らず、今の彼女には全然似合っていない。
「だってこれは、子供の頃にサトシがくれたものだし」
 サトシは明後日のほうを向いたまま、吹けもしない口笛なんて吹き始めた。