梅雨も普通に嫌いです。

 

「ねえ、ユウヤ」
「なんだいサヤ」
 梅雨に入り、中々晴れ間を見せない空を見ながらサヤは呟いた。
「どうして、文明はこんなに進んでいるのに、雨具は未だに傘とカッパしかないのかな」
「いや、雨具は長靴もあるし、帽子だと菅笠からレインハット。衣服類だとレインコートやレインスーツにレインポンチョなんてバリエーションに富んでいるよ」
 閉め切った化学室で、ユウヤはよく分からない合成をしている手を止めもせず、こともなげに答えた。試験管に入った黄緑色の液体から、もこもこと紫色の煙が上がっている。
「ふーん。つまらないぼけを言うのはその口ね」
「すみません……」
 ぼこぼこにされたユウヤは頭から煙を上げていた。
「ようするにあたしは、こんなに文明が進んでいるんだから、もっと画期的な雨具が出てこないかなって言っているわけ」
 力説するサヤ。
「しかし、なるほど。それは確かに一理ある」
 それを聞いてユウヤは、ふむ、と感心するように頷いた。
「ここまで科学技術が発達しているというのに、使っている物が傘やカッパではあまりに原始的すぎる。それに、完璧に水滴が防げない。いいだろう、サヤ。この僕が完璧な雨具というものを、三日後までに作ってみせようじゃないか」
 と、いうことになった。


 それから三日が過ぎた。
 その日は珍しく朝は晴れていた。天気予報でも、降水確率は10%程度と報道されていた。
 けれども、午後になると急に天気が悪くなり、放課後になるのと同じくらいから雨が降り始めた。
 ほとんどの生徒が傘を持ってきておらず、文句を漏らしている中で、サヤの表情は一人浮かれてた。
 今日は約束の三日後だ。ユウヤはとんでもない馬鹿ではあるが、とんでもない天才には違いない。完璧な雨具とはどのようなものか、サヤは楽しみで仕方ない。
「こんにちはー」
 サヤは勢いよく化学室のドアを開く。
 すると白衣姿のユウヤはすでに待っていた。
「やあ、良く来たねサヤ。つい今し方完成したばかりのところだよ」
 そう言って見せられた物は、見た目も大きさも電気ポッドそのものだった。だって、給湯とかボタンがあるし。
「……これのどこが雨具なわけ?」
「ふふん」
 ユウヤは尊大に笑い、給湯ボタンを押した。
 すると、カッという大きな音が響き、サヤはびっくりしてから目を閉じてしまう。
 ういーんういーんという怪しげな音が収まってから、サヤは目を開いた。
「……何があったの?」
「外を見てみたまえ」
 ユウヤに促されるまま、サヤは窓を開く。
 すっかりと雨雲は去っており、快晴と言えるほど青空が広がっていた。校庭を歩いている生徒たちは、何が起こったのか分からないって感じで空を見上げている。
「こ、これは一体」
「最初から雨さえ降ってなければ雨具問題に悩む必要はない」
 ユウヤの言葉で、サヤはようやくこの発明品の効能を理解する。
 ……原理はよく分からないけれど、雨雲を吹き飛ばしてしまったということなのだろう。なるほど確かに、これは究極の雨具かもしれない。
「ほへー。すごいわね」
 サヤはぱちぱちと手を叩きながら、素直に賛辞の言葉を贈る。
 ユウヤはこともなげに言うが、天候を操作することが出来るなんてすさまじいの一言だ。改めて、ユウヤのことが天才だということを認識する。
 しかし、とうのユウヤは愕然とした様子で目を見開いていた。その視線はサヤの持つ折りたたみ傘に釘付けとなっている。それからぎちぎちと油の切れた人形のような音をたてて、視線を外へと向ける。
 本日ハ晴天ナリ。
「え、え。どうしたの」
「たがったーーー!」
 いきなり大声を上げるユウヤ。それだけに留まらず、そのまま化学室を飛び出していった。ちくしょーなんていうエコーが聞こえてくる。
 残されたサヤは、
「一体何なのよ? 大成功じゃないの??」
 呆然と呟くだけだ。
 ユウヤがどうして血相を変えて飛び出して行ったのか、サヤには分かるはずがない。雨を消し飛ばしてしまったら、憧れの相合い傘の機会を潰してしまった、なんていうことに。