くらげを絶滅させても良いですか?

 

「うーむ」
 いつも通り白衣を羽織っているユウヤは、自分の部屋で一人眉間に皺を寄せて腕を組んで立っていた。
 今彼が思っているのは、ただ一つ。海に行きたい。それだけである。
 ことの発端は夏休みに入ってから一週間ほど過ぎた頃にやって来た、サヤからのメールであった。
 メールの内容は、
『今度、一緒に海に行かない?』
 というものである。
 どうやらクラスメイト達で海に行く計画が立っているらしい。
 ユウヤとしては、勿論行く、と二つ返事をしたいところだが問題があった。
 そう、彼は強い日差しが苦手なのである。八月の灼熱の太陽は彼にとって天敵と言っても過言ではない。毎日太陽を見上げるたびに、本気で撃ち落としてやろうかと思うほど嫌っている。
 ユウヤが暑さがどれくらい苦手なのかというと、自宅から学校にたどり着くまでに一度は死にかけるほどだ。おかげで毎朝サヤが引っ張りに来ない限り、学校にすら行きやしない。
 年がら年中クーラーの効いた部屋で実験をしているのだからその点は仕方ない。実験は出来る限り同条件でしなければ再現性は得られない。そのため、気温は常に一定にするのは勿論のこと、湿度などの条件も出来る限り徹底した方が良い。こればっかりはサヤにいくら軟弱者といわれても譲れるものではなかった。
 そんなクーラー依存の軟弱ユウヤが、炎天下の砂浜の上で耐えられるはずもない。一時間もしないうちに砂浜の上で日干しとなってから、タンカで運ばれていくだろう。
 泣く泣くユウヤは、行けない、と短くメールを返すのであった。
 けれども、そんなことくらいで諦めるユウヤではない。
 この行けないというのは、あくまで現時点でのこと。
 すでにユウヤの頭の中では後日、サヤと海に行くことは決定事項となっている。
「サヤの水着姿を絶対見る」
 ユウヤはこぶしを握りしめている。実に自分の欲望に素直だった。
 しかし、さしものユウヤもどうすればいいか頭を悩ますところである。
 太陽を撃ち落とさないまでも、雲で隠せば暑さに何とか耐えられるかもしれない。けれども、それでは肝心のサヤが行かないと言い出しかねない。やはり海は晴れた日に行くべきものだからだ。どんよりとした天気の中だと、そもそもサヤが水着の上にジャンパーを着ていたりするかもしれないではないか。そんな最悪な展開を想像して、ユウヤは身震いをした。
 では、どうすればいいのか。
 次に思い浮かぶのは、機密性の高い服を着て暑さを凌ぐというものであった。
 論外である。宇宙服みたいな服を着た人と、一緒に泳いでくれる人なんているはずがない。いくらユウヤとはいえ、そのくらいの常識は持ち合わせていた。
 日が出ている中、根性を出して日差しに耐えるという選択肢はどうやら彼の頭の中には存在しないようである。だが、出来る限り長い時間、サヤの水着姿を眺めていたいと思うのは人情であろう。そのための策を練るのは当然のことだ。
「ふふふ、いいだろう。だったら、この僕の本気というものを見せてやる」
 ユウヤの闘志に火がついた。



 それから三週間後。
「ふふふ、完璧だ。これさえあれば、一時間でも百年間でも日差しの下で耐えられる……」
 ユウヤは手の中にある高機能ジェルを握りしめて満足げに笑った。連日の徹夜で憔悴しきっていたが、今回作った作品の出来を考えれば十分に納得だ。
 ユウヤは外の様子を伺うと、雲一つない快晴だった。絶好の海日和である。
 時刻も午前十時と都合が良い。
 善は急げ。ユウヤは早速海に行こうと、サヤにメールを送る。
 じりりりと、メールはすぐに返ってきた。
 ユウヤはメールの驚愕の内容に目を見開いた。


『なに言ってるの? もうおぼん過ぎたんだから海はクラゲがいっぱいで泳げないわよ』


「ば、馬鹿な。外はこんなに暑いのに、空はこんなに青いのに、もう泳げないというのか――」
 ショックのあまり数分弁慶のように固まっていたユウヤであったが、暗い決意と共に復活を遂げた。
「ふふふ、だったら。クラゲを滅ぼせばいいんじゃないか」
 そう決意するやいなや、ユウヤは新たな作品の開発を始めだした。
 しかし、ユウヤは全く気付かない。
 その装置が完成する頃には、すでに海のシーズンは終わりを告げているということに。
 そして、水着が見たいだけなら、市で運営しているプールに遊びに行けばいいということに。
 やっぱりユウヤはとんでもない天才で、とんでもない馬鹿であった。