台風が来たらどうしよう?

 

 台風が本州に上陸して、風速三十メートルを超える風が吹き荒れる中、ユウヤはトレードマークの白衣をなびかせて立っていた。その左手には電気ポットを持って。
 ちなみに、ユウヤが今立っているのは彼の家のベランダだ。
「僕は、一体どうすれば良いのだ」
 彼は空を見上げた姿勢のまま、ぼそりと呟いた。
 ユウヤの顔は苦渋に充ち満ちている。これほど彼が辛そうな顔をしているのは珍しいことであった。
 その原因は、朝早くから送られてきたサヤのメールであった。
 内容は、『あの電気ポットは使わないでね』、という簡潔なもの。
 ユウヤが今持っている電気ポットは、雨雲を分解させて消し飛ばす機能がついている(梅雨も普通に嫌いです参照)。それは、台風の雨雲とて例外ではない。
 このサイズの台風が来れば、学校は必然的に休校となる。学生にとって台風は歓迎こそすれ、決して疎ましいものなどではないのだ。つまり、サヤのメールの内容は、ユウヤが電気ポットを使うことの妨害だ。
 何故だろうか。携帯の字面でしかないのに、妙な圧力が感じられた。逆に、何の装飾もないからかもしれない。もしも、電気ポットを使えば……ユウヤは背中に薄ら寒いものが走った。
 どうして、ユウヤがそこまで電気ポットを使おうとしているかというと、
「このままでは、今日はサヤと一緒に学校に行くことが出来ないではないか!」
 稲光が天を裂き、遅れて来る轟音がユウヤの体を震わせる。
 ユウヤにとって、サヤと一緒に登校することは至福の時なのだ。至高の時間を台風如きに邪魔されるなんて、ユウヤからすれば許せるレベルを超えている。
 しかし、電気ポットを使えばサヤに叱られてしまう。
 いつも馬鹿なことをしてサヤに怒られているが、別にユウヤは怒られるのが好きなわけではない。怒られたらそのまま落ち込んでしまう。ユウヤは意外と素直で、単純なのだ。
「これが、ダブルバインドというやつなのか」
 どちらを選んでも望む結果にはならないというジレンマ。
 ユウヤは頭を抱えて、苦しげな吐息を零した。
「僕は、一体どうすれば良いのだ」
 結局、思考は振り出しに戻り、堂々巡りを続けてしまう。
 とんでもない天才のくせに、とんでもなく些細なことを、ユウヤは延々と悩み続けてた。