それは、物語の始まる前に

 

 世の中、どうしてこんなにも辛いことばかりしかないのだろうか。
 一体僕が何をしたというのだろうか。
 学校へ行けば級友達からは人の扱いをされず、まさしく嘲笑の対象だ。外傷をわざわざ隠すような丁寧な虐めなんかじゃない。頬にはしっかりといたずらで殴られたあとが残っている。にもかかわらず、決して誰も止めはしない。この虐めは誰が見ても分かることなのに。
 それは、先生とて同じこと。そのことを知っているにもかかわらず、何も口にはしない。いや、僕がその問題を解けないのを分かっているのにわざとらしく指名する。まるで僕の間抜けさだけを強調したいかのような行為だ。
 答えることの出来ない僕は、あはは、と馬鹿みたいな笑みを浮かべ分かりませんと答える。そうすると、どっとクラスが沸き上がる。まるで、道化のようだ。先生はやれやれとばかりにため息をつく。教える気のない態度から分かるだろう?
 それは、家に帰っても同じこと。頬に付けられた傷を見ても母は、僕を叱るだけだ。母にしてみれば出来の悪い息子で、見たくもないのだろう。ここでも僕は謝ることしか出来ない。
 外にも内にも僕には居場所なんてない。
 僕のいていい場所なんかない。
 だから僕は特にすることがないときはいつも眠る。
 夢は良い。
 唯一、僕を苦しめない時間だ。
 代わりに、夢から覚めるときは憂鬱なのだけど。
 ここが地球である以上、明けない夜はない。
 僕に出来る抵抗は、一秒でも長く夢が見続けられるように出来る限り遅く起き、ぎりぎりの時間に学校へ向かうことだけだ。
 その日、僕は級友から放課後遊びに誘われた。正直、その級友とは一時でも一緒にいるのが苦痛なのだけど、ここで断っても後で酷い目にあうことが目に見えている。もっとも、断らなくても級友が誘ってきた時点で酷い目にあわされるだろうことが予測はついているけれど、ほんの僅かな可能性でも痛い目にあわされない可能性があるのなら、そう信じたい。
 ――結局、願いはむなしく、いつも通りの好きな子の前で辱めを受けて、僕は家へと帰る。そして、いつも通り母には怒られる。
 何もかもが嫌になる。
 生きているのが辛くなる。
 でも、どうせ僕が死んだところで悲しむ人は一人もいやしないのだ。
 そう思うと悔しくて、自殺も出来ない。
 結局僕に出来るのは、誰にも邪魔されぬよう、夢の世界へと逃避するだけだ。
 座布団を枕に寝ようと思ったとき、ごとごとと、机の引き出しが音をたてる。
 え、何だろうと思い、近づいてみると、


 青色の狸が飛び出してきた。


「やあ、こんにちは。僕――」


 これは、未来からやって来た猫型ロボットと僕が出会うまでの話。