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 私は、部活を終えて帰宅し、シャワーを浴びてから、宿題をするかと鞄を開いたところ、その教科書がないことに気付き、そう言えば机の中に忘れたなというのと、その先生は忘れるとしつこく怒るのもついでに思い出し、取りに行こうと思うのだけどやっぱり暑いし面倒くさいし怖いので、弟の直人に行かせようと考え、ナイスアイディアに両手を叩いてから弟に頼むと、嫌だよ、姉ちゃんの高校に行ったら俺恥ずかしすぎるじゃん、と言って断られ、まあ、そりゃそうよねえ、と納得しつつも、さて困ったなと腕を組んで悩んだけれど、普通に考えて自分で取りに行くしかないというのは分かり切った話なわけで、しぶしぶと家を出ると、七月という月は夜でも暑いわけでして、むわっとした熱気にあてられてからそのまま回れ後ろして、ふう、私はがんばったよパトラッシュ、と言いつつも、やっぱり頑張っていたネロに失礼だなと思い直しながら、クーラーのがんがん効いた部屋に帰りたかったけれど、そんなことしたら先生が烈火の勢いで怒るだろうから、私は嫌々ながらも学校へと行き、かん、かんという妙に響く廊下の音に寿命を四日ほど縮めながら教室へと向かい、机の中を調べると目当ての教科書が見つかり、さて、帰ろうと立ちあがると、目の前に学生服を着た、半分透き通ったなにやら怪しい男の人が立っていたのだけど、私はどう反応すれば良いのか困り、スルーするのが一番安パイだなと決めて、何事もなかったようにそのお化けさんに背を向けたのだけど、思いっきり肩を掴まれてしまい、内心で飛び上がらんほど驚きつつも、反射的に思いっきり裏拳を繰り出してしまって、やば、と思うのだが、いきなり肩を掴む相手がそもそも失礼なわけだし、威力を弱めるどころか、むしろ思いっきりぶっ飛ばしてやると力を込めたのだけど、空を切って全くあたりもしなかっただけじゃなく、相手は私の肩を掴んだままになっており、私の目の錯覚であって欲しいんだけど、私の拳はヤツの腕をすり抜けてしまったわけでして、こうなってしまうとお化けかどうかはさておき、相手が掴んでいる手を離してくれないとどうしようもないので、渋々相手の顔をちゃんと見ると、私と同じくらいの年頃で、もみあげを凄い伸ばした妙ちくりんな髪型をした男の子だったが、その男の子は目をきらきらと輝かせて、僕の話を聞いてくれ、なんて言ってくるからもの凄くかちんときて、話を聞いて欲しいんだったらまず手を離しなさい、と怒鳴ってしまうと、男の子はびっくりしたのか、手を離して、素直にごめんなさいと頭を垂れてくれ、話を聞いて欲しいと頼んできたので、素直に謝ってくれたので私は話くらい聞いてもいいかなと思い、どかっと椅子に座り、話を聞いてやることに、彼が言いたいのを記すとこうなるらしいようで、十五年前に僕がこの高校に通っていた時は、何故かはわからないのだけど髭ブームがおこっており、髭がない男子生徒は人権が存在すらしないような殺伐とした世界だった、と言うのだが、私にはその殺伐とした雰囲気がさっぱりと想像出来ず、ぬうと唸るしかなく、話の続きを促すと、僕には髭が生えてなかったという魂の叫びをあげる彼を見ながら、私は何をそんなことで、と呟きを漏らしてしまい、それを聞いた彼は、君は全く分かっていないよ、この辛さという物がね、としたり顔で言うのがしゃくに触るし、知りたくもないと言いたかったけれど、早く帰りたいので、黙って頷くだけに留めてやると、この男は調子に乗っていらないところまで話し出すので、始末に負えやしないと私は頭を抱えつつ、彼の言葉を纏めると、自分には髭がなかったから好きな女の子に振られたのだ、折角君のためにもみあげをこんなに伸ばしたんだと言っても通じず、そのもみあげキモいと冷たい言葉しか返ってこなかったんだ、とのことらしいが、私も告白をされた女の子に激しく同意したいのだけど、まあ、努力の方向は百八十度近く方向を間違っていたけれど、ちゃんと告白をしたところは偉いかなと、評価しておいてあげないとちょっと不公平過ぎるよね、と思っていたら、だから、僕はもて髭を生やした男の髭を抜くまでここから動かない、というちょっと上がった評価を全てぶち壊すことを言い、あなたは何年前からここに出るの、と聞くと五年前からだと胸を張って言う、彼を見ていると私は、大層脱力し、そして悲しくなっていくのを感じながら、あのね、その、言いにくいんだけど、ここって十年前に理事長が変わったときにね、建て替え工事をしただけじゃなくてね、その年から、女子校になったからいくら待っても、男の子の学生なんて来ないと思うよ、と事実を告げると、彼は、ば、馬鹿なあ、と悪役じみた悲鳴を上げて消えていってしまい、それを見届けた私は、あ、宿題しないと、と誰もいない廊下を寿命を四日程縮めながら帰ることにした。