ユウヤのツンデレ講座

 

 四時限目体育の後の昼休み。
 いつも通り白衣を身にまとったユウヤははむはむとクリームパンを食べている。クリームパンはユウヤの命の源だ。体の半分はクリームパンで出来ていると言われるくらい、ユウヤはクリームパンしか食さない。
「そーいえばユウヤってさー」
「何だ?」
 一緒に昼ごはんを食べているクラスメートに話を向けられる。そのクラスメートはまだ女子が着替えから戻ってきていないのを確認してから言う。
「星野と付き合っているんだよな?」
「サヤと? いや、まだだが」
 ここで、まだ、と言うのがユウヤらしい。
 けれども、周りにいたクラスメート達はその言葉に、目をまん丸に見開いた。
「ちょ、何でだよ、お前」
「何で、とは?」
 ユウヤはユウヤで、彼らが一体何をそんなに驚いているのかさっぱりとわからない。
「そりゃこっちが聞きたいぜ!」
「何で付き合ってないのさ?」
 喚きまわる男子一同。
「サヤがまだ僕を好きじゃないからだ」
 真顔で答えるユウヤに、一同、えーーーーー、というクイズ番組の第一問目から外れの答えを言った時のような反応が返ってくる。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとは……」
「世紀の馬鹿だ」
「いや、世紀末の馬鹿だぜ」
 言いたい放題のクラスメートたちに、さすがのユウヤも眉をしかめる。
「世紀の馬鹿と、世紀末の馬鹿の違いがわからん」
「やっぱり馬鹿だ!」
 適当な枕詞をつけられながらユウヤは馬鹿馬鹿連呼される。ユウヤはというと腕を組んで、ぬうと唸るだけだ。まったくわかっていない。仕方がないから、一緒に馬鹿と合唱することにしたようだ。
「いや、盛り上がってきたところ悪いんだけど」
 馬鹿。おお、馬鹿というコーラスが始まったところで止められる。
「というか、本気で聞くけどね。ユウヤは真面目に星野さんが君のことを好きじゃないと思ってるの?」
「うん? ひょっとして何か。好きじゃない程度じゃなくて、嫌われているとでも言うのか」
 一同沈黙。
 一方のユウヤは脂汗を浮かべて身を震わせる。どうやら、サヤに嫌われているということでも想像したのだろう。
「あのさ」
 男子の一人がぽんとユウヤの肩を叩き、顔を耳元まで近づける。
「星野さんは君のこと好きだよ」
 すでに着替えから戻ってきている女子達に聞こえないように、声のトーンを落としてそっと言う。
「はへほ?」
 意味が理解できなかったのか、変な言葉をユウヤは口にする。
 クラスメイトにくいくいと顔の位置をずらされ、女子グループの中にいるサヤのほうへと顔を向けられる。サヤはパン二つとパックジュースを手に持ってる。彼女と目が合った。
 サヤも気づいたようで、機嫌よさそうにひらひらと手を振るけれど、ユウヤは何の反応も示さなかった。サヤはおやっと首を傾げたが、特には気にせず食事へと戻った。


 サヤは僕のことが好き。
 サヤは僕のことが好き。
 サヤは僕のことが好き?
 ユウヤは常識的(ユウヤ的)に考えてみることにした。サヤが自分のことが好きかどうかを。
 答えはノーである。
 サヤが自分のことを好きならば、あれほどまでに積極的にアプローチしているのにも関わらず、反応がいまいち芳しくない。ありえない。
 しかし。
 クラスメートの一人が言った言葉がよみがえる。


「星野ってツンデレだから」


 ツンデレ。それはユウヤの初めて聞く言葉だった。
 良くわからなかったから調べてみると、意味は二つあるようだ。『生意気な態度が、あるきっかけで急にしおらしくなる』と『本心では好意を寄せていながら天邪鬼に接してしまう』の二つの意味があるらしい。前者はありえないので、クラスメート達の使うツンデレの意味はおそらく後者なのだろう。
「ん、あれ。サヤ?」
 放課後の化学室。夕日が翳り始めて、ぼんやりと空想にふけっていたユウヤはようやくすでにサヤが帰ってしまっているのに気がついた。
「ふむ。まあいいか」
 さて、サヤがツンデレである。そのことを踏まえた上で、次は一体何を発明するか。
 とにかく、サヤが本当に自分に好意を持っているかどうか確かめねばいけないだろう。
 そのためにはどうすればいい。
 簡単な話だ。心の声が聞こえる装置を作ればいいだけのこと。ユウヤにすればさほど難しいものじゃない。逆に、作れるくせに今まで作らなかったということのほうが驚くべきところだ。
 ユウヤはペンチとバーナーを手にとって、早速発明に取りかかった。


 翌日。放課後の化学室で、サヤはツインテールの毛先をいじりながら何かを作っているユウヤを見ている。
「よし。完成だ!」
 ユウヤが今回作ったのは、見た目は何の変哲もない黒色のヘッドホンだった。心の声が聞こえるヘッドホンである。
「……今度は一体何を作ったって言うの?」
 サヤはどこか緊張した面持ちで尋ねる。毎度のこととはいえ、この瞬間はいつまでたっても慣れる日はなさそうだ。
「ふふん。これはこのようにして使うんだ」
 ユウヤはヘッドホン本来の使い方のままに耳に装着してみせる。
「それでこのスイッチを押すと」
 ういんういんと駆動音がする。ユウヤは両手でヘッドホンを支えるように耳を押さえた。
『……一体、何がおこるのかしら』
 ヘッドホンから聞こえてくる声。サヤは口を動かしてはいない。ただ、ごくりとつばを飲み込んだだけのようだ。
 感度は良好の模様。
「ふむ」
「で、それは何の機械なの?」
「まあ、それはおいおいにだな」
 ユウヤは事も無げに言い、サヤの両手をがしっと掴み。
「サヤは僕のことが好きか?」
 と聞いた。
 もしもサヤがツンデレとかいうものならば、口ではそんなはずがないと言うが、心の中では本当は好きというはず。それがユウヤの考えであった。
 そして、サヤの反応はというと、


『「い、い、いきなり何言ってるのよ、馬鹿!!」』
 

 顔を真っ赤にして怒鳴り、腕をふりほどいて、化学室を飛び出していった。
 しかし、ユウヤは気にした様子もなく、ずれた眼鏡をくいと押し上げる。それから、何度か自分自身を納得させるように頷き、
「やはりな。サヤはツンデレなどではない!」
 はっきりと明言した。
 先ほどの言動と、心の声が見事に合致していたからだ。シンクロ率120パーセントだ。
 ユウヤにとってのツンデレという存在は、言動と心が違わなければならない。というか、そういう風にしか理解していない。
 もっとも、そのことで彼を責めるのは酷というものだろう。元々ツンデレなど定義自体があやふやな物なのだ。全ての人に最高と思われる小説がないように、誰もが認めるツンデレなどありはしない。だから、ツンデレはこの際どうでもいい。
 問題は、何故サヤが真っ赤になったかというほうなのに。
「ふふん。次の発明で、僕のことを好きになって貰うぞ、サヤ!」
 身近にある大事なことをまるで考えないユウヤは、相も変わらずとんでもない馬鹿だった。