ten years ――

 

 僕が住んでいる町はわりかし田舎だから、近所同士の付き合いっていうのが結構深い。月に一回町内なんたら会が行われているし、ほとんどの人が参加しているって話だ。近所づきあいが苦手な都会の人には、さぞかし暮らしにくいだろうことが想像に難くない。
 そういうわけで、二丁目の伊藤さんのお宅の政文くんがどこそこの大学に行ったやら、昨夜山田さん家の夫婦が喧嘩したなんてことまですぐに伝わってきたりする。だから隣の家の、花見さん夫婦に赤ん坊が生まれたなんて一大ニュース、耳に入らないわけがない。
 うちの両親は花見さんと仲良しだから、何故だか出産の場に僕まで立ち会っていた。これはいつ考えてもありえないと思うのだが(仲が良いだけですむ問題なのか?)。だから文字通り、その赤ん坊、るみちゃんのことを僕は生まれた時から知っている。
 花見さんの家は共働きなこともあり、僕はるみちゃんの面倒をよくみてた。小さい子の世話はもの凄く大変だけど、それ以上にるみちゃんは可愛いし、何より僕の両親も共働きだったからだ。だから、一人残される寂しさっていうのは嫌というくらい知っている。僕で少しでもその寂しさが埋められるなら嬉しかった。もっとも、いけないときは無理していかなくても良いと言われていたのが理由として強いのも事実なんだけど。
「ひーくんはなんてへたれなの」
 その彼女が僕に対して、こんなことを言うくらいには成長してしまった。その事実に僕はちょっと涙する。
「そ、そう?」
 もっとも、大学を卒業して二年もたった僕が、中学生に入ったばかりのるみちゃんに説教されているなんて情けない限りだ。
 というか、いつの間にこんな会話の内容になったんだろう。今日もるみちゃんの両親は遅くなるから、彼女の家に夕飯を作りに来て上げて、一緒に食べて、それで恋愛物のドラマを見てて、それで僕に彼女がいないのかっていう話になったんだっけ。
「料理ばっかり無駄に上手くなったって、もてないんだから」
「でも、るみちゃんご飯三杯も食べてたのに」
「そういうこと言うからもてないのよ!」
 烈火の勢いで怒られた。
「そ、それに、わたしは成長期だから、そのくらい食べても仕方ないの」
 腕を組み、つーんと横を向いてるみちゃんは言う。
 るみちゃんは同い年の女の子に比べて全体的にコンパクトだ。まだまだ中学生なんだから、いっぱい食べて大きくならないといけない。
「うん。るみちゃんがいっぱい食べてくれて、作った僕も嬉しいよ」
「うん……」
 僕がそういうと、狼狽したようにるみちゃんは顔を赤らめてもじもじする。僕は何でるみちゃんが動揺してるのか分からずに首を傾げた。
「しかし、彼女かー」
 つけっぱなしになっているテレビからは、愛の言葉を囁いている格好良い男性の声が流れてる。
 そりゃ僕だって彼女は欲しい。だけど、好きな子が出来て告白しても、悉くふられてきたものだ。もう夜空に浮かぶ大輪の花火のように盛大な感じで。いや、どちらかというと、連続的に散っていく様はスターマインだろうか。とにかく、一体僕の何が悪いと言うのだろう?
「僕の一体何が悪いのかなあー?」
「へたれなとこ!」
 間髪を入れずに返事がされる。
「そんなあ」
「もう、ひーくんったら情けない声を出さない!」
 るみちゃんはやれやれと首をふる。
「全く。情けないところは、中学生のときから変わっていないんだから」
「…………はい?」
 ちょっと待ってください。今、るみちゃんは少しばかり聞き捨てならないことを言ったような気がするのですが。僕が高校生のときって、るみちゃん三歳から五歳の時だよね。ひょっとして、あの時のこと覚えて――
「好きな子にふられたからって、私の前で――」
「うわーうわーー!」
 僕は両手をクロスしてから大声を上げて、るみちゃんの言葉を遮る。いや、そんなことしても何の意味もないの(特に両手のクロス)は分かっているんだけど、やらずにはいられない。
「わんわん泣いてた」
「……」
 さすがに今では泣かなくなったけど、中学生くらいの時は良く泣いていた。ひとりぼっちで泣くのは辛いから、るみちゃんの前でわんわんと。るみちゃんが、こくこくと素直に頷いてくれるから、思わず泣いてしまってた。
 僕はがっくりとうなだれる。まさか、覚えているとは思いもしなかった。
 Q. 何で僕に彼女が出来ないのか?
 A. 幼女の前でわんわん泣くから。
 うん。自分で言うのも何だけど、こんなださいやつ見たことない。女の子の前で泣く時点でどうしようもないと言うのに、ちっちゃい女の子の前で泣くなんてさ。もう、手の尽くしようがないってものだ。
 しょぼくれまくる僕の肩がぽんぽんと優しく叩かれる。
「まあまあ」
 にこにこ笑顔のるみちゃんは、
「私が、どーしようもないひーくんのお嫁さんになってあげるから安心して」
 なんてことを言う。
 僕は驚いて、まじまじとるみちゃんを見る。
 るみちゃんは確かに可愛らしい。それは認める。でも、十二歳。僕とは十以上歳は離れてる。生憎と僕はロリコンではないのだ。というか、犯罪だ。いや、そもそも僕は何を本気にしてるのだ。相手は中学生になったばかりの女の子だぞ。生まれた瞬間まで見たるみちゃんだぞ。
「あら、八年もたてば、私は二十歳よ。二十歳と三十二歳なら今時珍しくもないでしょ」
「いや、まあそうだけど」
 というよりも、僕はこれから八年は彼女が出来ないのだろうか。なんだか、普通にありそうな気がする。
 それに、
「わたしがひーくんのおよめさんになってあげる」
 この言葉。そういえば、十年前の中学生のときにもるみちゃんに言われてた。ちっちゃい子供の言葉だけど、とっても嬉しかったのを覚えてる。
 るみちゃんは何だかとっても嬉しそうに笑ってる。ドラマでは格好良い俳優がいつの間にやらキスしてる。僕は腕を組んで、うーうー唸りながら、なにやら混乱していた。




 そして、この十年後、るみちゃんに全く同じ言葉を言われた。
 その答えはもちろん、言わないでも分かると思う。