黄金比という言葉をご存じだろうか。
その比が人にとって最も美しく感じる比率というのは有名な話だろう。
現実に、有名な美術作品や建築物には黄金比は多く取り入れられている。
しかし、それらの法則があるにも関わらず、黄金比を取り入れられていない芸術作品は数多く存在している。
それはつまり、黄金比を持たずして美しい物は、既存の枠を越えた芸術だと言っても間違いはないだろう。
すなわち、スクール水着は究極の芸術だ。
「俺、スク水を追いかけるのをやめようと思う」
それなのに、何故目の前の男はこんなことを言うのだろうか。
たとえ泥水をすすることになったしても、スク水のイベントがあるところならば地球上の何処で行われても共に向かっていたのに。
正直さっぱりと分からない。
タカヤとは劉備玄徳と諸葛孔明よりも、硬い絆で結ばれていると信じていたというのに。
「何故だ?」
中学以降十年もの間、共にスク水を追いかけていた親友の突然の言葉だ。世界が七度くらい滅ぶ衝撃を受けつつも、かろうじて尋ねてみる。
「俺、ブルマーが好きになっちまったんだよ」
タカヤは吐き出すように言った。
「ば、馬鹿な! あんな絶滅種だと――」
想像だにしなかった言葉には、驚愕しかしえない。
「違う。ブルマーはまだ終わっちゃいない。ブルマーは俺たちの心の中に生き続けている!」
タカヤは拳を握りしめて語る。
そうか、タカヤにはそこまでの想いがあるのか。
ならば、新たな道を歩み出した者に対して、背中を押してあげなければならないだろう。
なんてことはマイクロ単位も思わなかった。
「お前、まさか。スク水のスパッツ型が主流になっていくのが耐えられなくて」
その言葉に、タカヤははっと顔を上げた。どうやら、間違いないようだった。
「確かに、ブルマーがハーフパンツへと形を変えたとき、名前を変えて生き延びる道を放棄し滅びの道を歩んだ。それは気高くも尊いことだと思う。だがな」
ここで一度息を思い切り吸い込む。
「それは懐古厨の反応だ。スク水は、スカート型の旧旧タイプのものから、旧タイプへと変化をとげ、スパッツの新タイプと言われる物となった。つまり、スク水は一分前のスク水よりも進化する。それがスクール水着なんだよ!」
「いや、ブルマーもちょうちん型からの進化を――」
「確かにスパッツ型となり、露出が少なくなるのはそれだけで悲しい。だけど、その悲しみを忘れ、ブルマーへと走ったら、スク水がスパッツ型になっていく悲しみは何処に行ってしまうというんだ。だから、決して忘れない。スク水を好きで居続ける!」
言い終えると自然に涙が溢れてきた。今の自分はとてもみっともないかもしれない。だけど、伝えるべき言葉を言うことが出来たと思う。
「お前の気持ちはよく分かった」
タカヤは俯くと、絞り出すように言った。
「実は俺、ブルマーなんかどうでも良かったんだ」
うんうんと頷く。
良かった。本当に良かった。
しかし、続けて言われた言葉に時を止められる。
「いや、本当はスク水のことも別に好きじゃない」
「え?」
「違う。そうじゃない。俺はスク水は好きだ。いや、違う」
「どっちなんだよ!」
烈火の勢いの突っ込みをいれると、タカヤは頭をがしがしとかいて、
「"トモコ"。俺は、お前が着ていたスク水に心を奪われていただけなんだ!」
あーもうといった感じにそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言った。
「な……」
タカヤの言った意味を理解したトモコは真っ赤になった。
「俺はもとより、お前以外のスク水姿になんか興味はない」
「いや、だって私、こんな言葉使いだぜ。それに、可愛くねえし」
いきなりそんなことを言われても、しどろもどろになってしまう。
「そんなことはない。お前は誰よりも可愛いよ」
先ほどとはうってかわり、トモコをまっすぐに見つめて、優しい声でタカヤは言う。
もう駄目。なんて言えばいいのかさっぱり分からなかった。
俯いて、何度か深呼吸をしてから答える。顔を上げる勇気はまだない。
「……お前。本当は、ブルマーのことが好きなんだろ?」
「いや、別に」
「……」
「……少しだけ、な」
口元がほころぶのは自分で分かる。その言葉で、ほっとした。
「この変態め」
「お前には敵わないよ」
タカヤは笑いながら言った。
最後に、これからもスク水を追いかけ続けることだけは断っておく。これだけは命と引き替え以外には譲れない。
するとタカヤは、
「呼吸をするな、なんてことは言えねえよ」
と言った。
うん。確かに、その通りだと思う。