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君が好きです、というメールが返ってきたのは卒業式が終わってからのこと。
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僕は桜の木に寄りかかって、木を見上げてみた。まだ吐息が白くなるような時期に、桜の花びらが舞っているのを見ると不思議な気がする。今年は随分と桜の咲くのが早いものだなんて思いながら、体育館のほうを見る。もう、式は始まっているだろうか。
僕が出席していないことに気づいた母は、慌てていたのだろう。電話を何度もかけてくる。ポケットの中で振動を続ける携帯電話を放っておくと、留守番電話サービスへと繋がれる。
そこに何か吹き込み終えたのか、また携帯電話は振動して止まる。
母には悪いのだけど、とても出る気分にはなれなかった。
好きな子に告白出来ないので逃げ出しました、なんて恥ずかしいこと誰が言える。自身が情けなさすぎて、胸の奥がねじ切れそうな気分でいっぱいだった。
最初で最後のワンチャンス。この機を逃したらお終いだ。
家を出るときまでは、告白すると誓っていた。けれども学校へつく頃に、一番居心地の良い今の関係が壊れるのを想像してしまった。この日が来るまで考えないようにしてたけど、ふと思ってしまった。そのことが一旦思い浮かぶと、こびりついた汚れのように頭から離れない。
かといって、そのまま逃げたってしょうがないので、人気のない校内の隅を歩いていたというわけだ。
どうして物事には終わりなんてものが存在しているのだろう。
世の中、変わらなくてもいいものはないのだろうか。
そんなことを思っていると、また携帯電話が振動する。今度は短く、すぐ止まった。
僕は携帯電話を取り出してみる。ディスプレイにはメールが一件。
『今日、どうしたの?』
短いメールとはいえ式の真っ最中だろうに、よく送れるものだ。そういえば、以前ポケットに入れたままメールを送るコツを聞かせてもらった気がする。悪口を書くと間違った人に送ってしまうことがあるから、素人にはお勧めしないそうだ。特に、酷い悪口の時は大抵本人に送ってしまうらしい。多分、それはわざとだ。
僕は迷った末に、メールを返すことにした。
『ちょっと風邪気味で』
日本でもっともスタンダードな言い訳を返信する。これが電話だったら咳こんでみせるくらいわざとらしい。
送った後に、酷く虚しくなってしまう。こちらの感情を読み取って欲しいことが見え見えだ。
携帯電話を握り締めて待っていると、メールが返ってくる。
『ごめんね』
とても短い謝罪の言葉。
僕の気持ちを察した、予想通りの答えが返ってくる。まるで以心伝心のようだけど、どこかが一つかみ合わない。ずれてしまった歯車のようだ。
以前はそれこそ、こんなことなかったのに。何でも気安く伝えることが出来たのに。テスト前に、もう駄目だなんて徹夜でメールしてたこともあったのに、今はなんて返せばいいのか分からない。
彼女とは小学校からの付き合いだ。彼女のことなら何でも知っていると思う。彼女の好きな食べ物、好きな芸能人、好きな漫画、彼女の笑える失敗話から、とんでも話まで知っている。こんなに気の合う人はいないと断言してもいい。
だから、彼女が今どんな気持ちでこのメールを送ってきたのか分かるつもりだ。
彼女にこんなメールを送らせた時点で、申し訳ない気持ちが溢れてくる。
彼女は何も悪くないのに、悪いのは僕なのに。
空を見上げると、空は透き通ってる。青色というよりも澄んだ透明の色に見えた。
こんな晴れた日に、一体僕は何をやっているんだろう。
舞い落ちる花びらに手を伸ばしてみるが、掴めない。二度三度繰り返してみるが、花びらは僕の手を避け、するすると地面へと吸い込まれていく。
彼女の心もこんな風に逃げていくのだろうか。
嫌だな。変化はとても怖いけれど、このまま何もしないで終わってしまうなんて死んでも嫌だ。今まで考えないようにしていたことが、こんなにも強い想いだなんて今更のように気がついた。
すでに底辺を突き抜けて、ロスタイムに入ってる。
メールを送ろうと思い、やはり止めた。これだけ格好悪いところを見せたんだ。告白くらい直接言うくらいの格好つけないと、それこそ格好がつかない。
それに、メル友の関係は今日で卒業なんだから、いつまでもメールには頼れない。
僕は舞い落ちる花びらの一枚を掴み取り、入学式の最中だろう体育館へと足を向けた。
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『卒業おめでとう。
今まで秘密にしてたんだけど、実は私、君と同じ高校を受験しました。
受験会場は人が多くて分からなかったけど、ひょっとしたらすれ違っていたかもね。
結果は、超余裕だよ。
何で、いきなり進路を変えたって?
……君が好きだから、なんてね。
もちろん、それだけじゃないけどね。
入学式の日に、初めて会えるのを楽しみにしています。
その時に、返事をくれると嬉しいです』