河童の田中さん

 

 クラスに河童がやって来たために、みんな騒然としていた。ただ河童がやってきただけなら別にいいと思う。最初怖がられても、時間とともに一生忘れられない友人が出来、感動の涙とともに河へと帰って行くための布石みたいなものだ。
 だけど、やってきた河童さんは、絵巻で描かれていた姿のままの、ようは人から見てとてもとても怖い容姿をしていた。ぬめりと光る肌といい、ぎっしりと絞り込まれた筋肉といい、年老いた猿のようにしわだらけの顔といい……デフォルメという言葉はどれほど素晴らしいか知ってしまう瞬間だった。ポケモンは本当に素晴らしい。人を見た目で判断するなんて心が水溜まりよりも狭い奴だと思われたかもしれない。そんな奴は頬に銃痕のある人に睨みつけられた状態で同じことが言えるかどうか試してください。そもそも人は見た目が十割という本だって世の中にはあるし、容姿が関係ないのなら僕にだって彼女が……まあ、それはおいておこう。その話を始めると涙なしに語ることは出来ない。とにかく、河童はとても恐ろしい容姿をしていた。 河童の名前は田中一郎だった。平凡な名前だった。隣の奴に、河童何だから河とかにちなんだ名字にすればいいのにというと、やっぱり慣れ親しみ過ぎたものだから嫌なんじゃないと言った。
 彼の家にはソーニの製品がない。その理由は彼の父がソーニ社員で、ソーニ製品を見ると仕事のことを思い出してしまうから家では死んでも見たくないらしい。そういうものか。納得した。
 僕らは卒業式を迎え、無事卒業した。田中さんも無事卒業した。結局僕らは彼と口を利くことは最後までなかった。あとから先生に田中さんが僕らの学校に転校してきた理由を聞いた。人の友達がほしかったということだった。どうやら河童の種は絶滅していっており、人の社会に馴染まなければならなかったようだ。そんなのちっともしらなかった。
 なんで言ってくれなかったんだ。そういう理由があるなら僕たちだって、友達になれたかもしれないのに。いや、断定は出来ないけど。言わなかった理由はまさにそこだった。そんな理由があるなら、恐ろしくても友達にならないと悪い奴になってしまう。そんな風な強制はさせたくなかったらしい。
 田中さんは卒業式の日、先生に楽しかったです、とだけ言ったそうだ。絶滅の種にひんしている彼はどんな気持ちでその言葉を口にしたのだろうか。わからない。分からなかった。
 仕方がないので、帰りに回転寿司に行き、かっぱ巻きを食べてみた。きゅうりの味わいが胸にしみた。