七夕といえば、彦星と織姫の話を思い出す人は少なくないだろう。
少なくとも、サヤにとってはそうだ。
「やっぱり、一年に一度しか会えないっていうのはロマンチックよねえ」
サヤは教室の隅に置かれた笹に短冊を結びながら言うと、
「む、そうかな。僕にとっては、会えなくなったから会わないなんて努力が足りないだけだと思うが」
乙女なことを口にするサヤに対して、ユウヤは率直な意見を述べる。
確かに、ユウヤならやろうと思って出来ないことなどないだろう。もしも、ユウヤが彦星ならば、自力で天の川を渡る方法を考えるだろうし、下手をすれば天の川をなくすなんて方法すらとりかねない。
「わかってないわねえ。女の子はね、会えない時間があるからこそ、想いが募るし、会えたときに嬉しいんじゃない」
「ほう。そういうものか」
「そういうものなのよ」
真面目に頷くユウヤに対して、サヤは分かっていないんだろうなあと思いながらくすくすと笑う。
サヤの予想通り、ユウヤには、サヤの言う理由などさっぱり理解出来なかった。
けれども、他ならぬサヤが、会わなかったら想いが募ると言っている。
ようするに、会わなければサヤの想いは募るのだ。
何て、簡単なことなんだろう。こんな手安い方法が近くに転がっているとは思いもしなかった。どこでもドアを発明するのよりも簡単だ。
そうと知れば、実行するしかないだろう。
しかし、その方法が思いのほか大変であることをユウヤは知る。
身近にいるのに、会いたい相手と会わないようにわざわざするのは中々に辛い。
それが好きな相手だというなら尚更だ。
普段なら、サヤに自分のことを好きになってもらうための発明品でも作っているのだが、今回はその必要すらない。
何もせずに、ただサヤと会わずにぼんやりと過ごすだけの日々だ。ユウヤにとってこんなにも時間が余ってしまうことは、生まれて初めての経験だった。
何もせずにいると、サヤのことばかりを考えてしまう。
ああ、サヤに会いたい。
ああ、サヤに会いたい。
時間がありすぎるせいで、余計にサヤのことを考えてしまう。
サヤに会いに行こうか。
家から出れば五分もかからないところに彼女は住んでいるのだ。
ちょっと顔を見るくらいなら構わないのではないか。
駄目だ。
自制した。
心が折れそうになるけれど、サヤに好かれるためと死ぬ気でユウヤは耐えていた。
軟弱で根性の欠片もないユウヤだが、サヤに好きになってもらうためだけならば、それが正しいかどうかは置いて、健気にも頑張れるのであった。
そんなこんなで、一月が過ぎた。
「やあ、サヤ。久しぶりだね」
憔悴しきったユウヤが、サヤに声をかける。
いつもと変わらないサヤのはずなのに、何でだか、どきどきする。見慣れたツインテールも、以前よりも可愛らしく見えるのだから不思議なものだった。これが、想いが募るというものなのか。
では、そのサヤはどういう反応をするだろう?
「あら、ユウヤじゃない。久しぶりー」
しかし、サヤは拍子抜けするほど、あっさりとした反応だった。よくよく観察しても、体温の変化も心拍数の上昇も見受けられない。いたって普通の状態だ。
あれ、とユウヤは首を傾げる。
聞いていた話と違わないか?
「ふむ」
ユウヤは原因をしっかりと考察する。
会わないと想いが募る。
これに関していえば、今現在自分が体験した通りありうると言えるだろう。
なら、何故サヤの様子が普段と何ら変わりがないのか。
……単純明快。虚数の証明よりも明確だ。
ようするに、サヤがユウヤのことを好きではないからである。
「どうしたのよ、一体。また、変な物つくったんじゃないでしょうねー?」
「僕は自分を客観的に見ることが出来るのだ」
「はい。何言ってるの?」
「ふふ、まあいい」
やはり、待つことなど自分らしくないようだ。
恋とは、自分の手で掴み取るもの。
恋とは……。
「そうだ!」
ユウヤの目がくわっと見開かれる。彼の頭の中に、新たな恋愛の作戦が思い浮かんだのだ。
「さっそく、次の発明に取りかからねば。では、またなサヤ」
「何だか良く分からないけど、頑張ってね」
全力で去っていくユウヤの背中に、サヤは苦笑しながらひらひらと手を振った。きっとまた何か馬鹿なこと思いついたんだろう。本当に仕方のないやつだ。でも、それが彼らしいのだから仕方ない。
ユウヤはユウヤで自分のなすべきことを理解し、また気持ちを新たにするのであった。
ユウヤは気づかない。
サヤからすれば、ユウヤが発明に没頭するあまり、一月や二月くらい姿が見えなくなってしまうことなど良くあることに。
そして、世界中を捜しても、何処にも居ないだろう。
好き勝手に無茶苦茶やっているこんな馬鹿を、いつも変わらず待っていてくれる人は。