夢で会えたら

 

「大丈夫かい?」
 足を止めて、煌びやかなイルミネーションを見ていたからだろう。
 はしゃぎ疲れてしまって、すっかり眠ってしまった娘の唯を抱きかかえたまま、夫が気つかわしげに尋ねてくる。
「ええ、平気。あんまり綺麗だからついつい見とれちゃっただけだから」
 明日にクリスマスイブを迎えた町並みは、いよいよ本番というように輝きを増している。
 それを見ると、私は自分でも分かるくらいぎこちない笑いを浮かべてしまった。
 いつも、そうだ。クリスマスの時期が近づくにつれ、上手く笑えなくなってしまう。
 幼い頃から、クリスマスというものが苦手だった。別に卑屈な理由からではなく、母が十二月二十五日という日に亡くなっただけのこと。
 そのせいもあり、クリスマスのイルミネーションが、まるで母への飾り付けに見え、とても壮大な気がして、凄く空しくなってしまうのだ。


 もう、二十年も前のことなのにな。


 母が亡くなったのは、私が三歳の時だ。だから、正直なところ母のことは全然覚えていない。そのため、特別悲しい気持ちにはなったりしない。
 でも、母が亡くなった日に楽しむなんて悪い気がしたし、何よりも父が必要以上に気遣ってくれるのも心苦しかった。
 一人暮らしを始め、一人きりでクリスマスを過ごすようになってからは出来るだけ、クリスマスの雰囲気がするものは避けていた。
 でも、結婚して、子供が出来た以上、そうはいかない。
「無理しなくてもいいんだよ」
 母のことを知る夫は、やはり心配そうだった。
「ええ、唯がこんなに楽しみにしているんですから」
 私は眠っている唯の頬を優しくつつく。
「でも、僕らはキリスト教でも何でもないし、そもそもキリスト様が死んだ日も知りもしないのに祝うなんて間違っているよ」
「そのことに何の関係があるのよ」
 何だか良く分からないくらい必死な感じの夫に、さすがに苦笑してしまう。
「大丈夫だってば。それに、私たちが楽しくしていないと、母もきっと心配するわよ」
 自らの言葉なのに、胸の奥がずきりと痛んだ。
 母のことを何も覚えていない癖にという罪悪感か、私には分からなかった。


 その晩、ちっちゃなクリスマスツリーに唯が頑張って飾り付けをする。
「サンタさん、来ると良いね。靴下は用意した?」
 私が声をかけると、うん、と唯は元気よく頷いた。プレゼントは用意してある。唯のお気に入りのキャラクターがプリントされたマフラーだ。
 唯を寝かしつけると、夫は仕事が残っているらしく、先に休んでおいてと言われた。気を張っていたせいで疲れたのか、その言葉に甘え、先にベッドへ入り目を閉じた。
 すると、母の夢を見た。夢の中の母は、ベッドの上でマフラーを編んでいた。私の視線に気づいてくれたのか、母は私の方を向くと優しく微笑んでくれた。
 ただ、それだけの夢だった。


 目を覚ますと、何だかいつもと違う感覚があった。
 何だろう、と首元を触れると柔らかい布が巻かれていた。
「おや、そのマフラーはどうしたんだい?」
 私がマフラーに気づいたことを見計らったように夫は言う。
「そうか。君のところにはサンタが来たのか。なるほどー」
「何、言ってるのよ」
 私がさすがに呆れて言うと、
「ごめん」
 夫はしゅんと頭を垂れてしまった。何だか、私が悪いみたいじゃないか。
「私は大丈夫だって言っているのに」
「でも、日本じゃイブが本番みたいなものだろ。だから、イブくらい君も楽しくして良いんじゃないかと思うんだ。一日前だとさすがに無理なら、二日前にしてもいい。それよりもずっと前だって構わない」
「それじゃあ、クリスマスでも何でもないでしょ」
「じゃあ、その日を今日からクリスマスにすればいい。今日はクリスマスイブじゃない。新・クリスマスだ」
「何よ、それ。さすがにキリスト教の方に怒られるわよ」
 思わず言ってしまったけれど、夫の気遣いが嬉しくないと言えば嘘になる。だから、笑ってしまうのも抑えられなかった。
「このマフラーは?」
 手にとると、随分といびつな形をしていることに気がつく。
「うん、僕の手作りだよ」
「下手ねえ」
 私の感想に、夫はがっくりとなる。その様子が楽しくて、ここはこういう風にしないと駄目とかもっと言いたくなるけれど、それはぐっと我慢する。
「でも」
 どうして、手作りのマフラーを選んでおいたかは聞かないことにする。興ざめな理由じゃ嫌だし、何よりもきっと、そのおかげなんだろうと思うから。


「ありがとう」


 夢の中で、母に会えたのは。