ワタシには最愛のカレがいます。
カレは運命の人。
ワタシの赤い糸は絶対にカレの小指に結ばれているはずです。
カレなしの生活なんて考えられません。
でも、最近カレの周りに、あのヒトがいます。
あのヒトはテレビに出ているような女優さんのように華やかな顔立ちで、雑誌に載っているようなモデルさんのようにスタイルが良いのです。
容姿もスタイルも人並み(自分ではそう思いたい)ワタシだと、自信喪失してしまいます。
「あの人は?」
ワタシが尋ねてみると、
「あの人って、藤沢さん? あの人は、取引先の営業の方だよ。最近うちの会社に良く来てるみたい。何、ヤキモチ焼いてくれてるの?」
カレは何だか嬉しいそうに言います。こんなにもはっきりと言えるからこそ、間違いなく相手がそんなヒトではないことはわかります。
「ち、違うわよ! ただ、誰か気になっただけ」
でも、最近よく見かけるのです。
今の話し振りから、カレにはその気が無いのは分かります。つまるところ、あのヒトのほうが何かしらの理由につけて会いに来ているのでしょう。
そう思うと胸が苦しくなります。
だって、やっぱりカレは女の人にもてるんだなって分かってしまうから。
「藤沢さんと会わないようにして」
当然、そんなこと言えません。
だって、カレが浮気なんてしないことは分かっているのですから。
でも、こんなワタシにはこんな風にしか思えないのです。どうして、ワタシなんかをと思ってしまうのです。
それでも、ワタシはカレが好きなのです。運命の人だと信じています。カレのことしか考えられないほど好きで好きで好き過ぎて、失うことが怖くてたまらないのです。別れるなんて考えたくありません。
あのヒトさえ居なくなれば、ワタシはこんなに心配せずにすむのでしょうか。
ううん、それは分からないです。
だって、カレは格好いいし、優しいんだから。だから、きっとあのヒトがいなくなっても、また別の女性がカレを放って置かないでしょう。
じゃあ、どうすればいいのでしょう。
どうすれば、ワタシは安心していられるのでしょう。
考えても分かりませんです。
少なくとも分かるのは、あのヒトさえいなければ、今の間は安心出来るということくらいでした。
次の日のことです。ふふふ、今日はクリスマスイブです。残念なことに平日だけど、街の華やかなイルミネーションを見るだけで、幸せな気分になってきます。ワタシは包丁をバッグに入れて、カレのいる会社に行きます。こんな日くらい残業しなくてもいいじゃない、なんてね。会社につくと、カレはあのヒトと話しながらビルを出てきました。
そうね。
やっぱり、あのヒトにはいなくなってもらうしかないようです。
ワタシは人ごみに紛れて、カレとあのヒトに近づきます。
そして、バッグから布でくるんだ包丁を取り出し、あのヒトの背中に思いっきり突き立てます。
すると、大きな悲鳴が上がりました。
背中という触れることの出来ない傷場所に、傷口を押さえることも出来ずに、あのヒトはアスファルトの上をのたうちまわります。
まるでミミズが跳ねまわっているみたいな様子が酷く滑稽で、思わずくすくすと笑ってしまいます。もう一回刺したら、もっと勢いよく跳ねるのでしょうか。
カレはワタシを見てぎょっとします。
「ふ、藤沢さん! あなたは、一体何てことを!」
「だって、あなたがそんな女なんかに現を抜かしているのが悪いんじゃない」
カレはワタシを睨みつけるが、すぐに我にかえり、呆然としている人ごみの中へ、誰か救急車をと必死に呼びかけます。自分は、あのヒトの応急処置をしようというのです。
でも、自動車の教習所でも学ぶとおり、背中の止血の方法はありません。
そのため、倒れているあのヒトを抱きかかえ、必死に呼びかけることしか出来ません。
「何、そんなにそのヒトが大切なの」
何だか、冬に窓を開いたときのように、急激に冷たい風が吹きつけて来た様な気がします。百年の恋も冷めるとはよく言ったものです。何それ。ワタシったら馬鹿みたい。
「もういいわ」
ワタシは包丁を振り上げ、カレの背中に突き立てました。
あーあ。
今日は折角のクリスマスなのに、街はこんなに華やいでいるのに、気分が台無しです。
全く、何処かに良い男とかいないのでしょうか。
あら、凄い形相でワタシに詰め寄って来ている人の中の、カレなんて結構いいわね。