Q.サクラサクの意味は?
放課後の教室。
一人残っている僕は、今日の授業にあった古代ニホンの課題に頭を悩ませていた。
今日の授業の内容は、古代のニホンではもっとも愛された花についてのことだった。その授業の終わりに、今の課題が出されたのだ。
どうやら、当時の辞書にも残っていない言葉らしく、隠語というものらしい。
先生ならデータベースに載ってるところから問題を出して欲しい。想像力、応用力を鍛えるのが目的なのは分かるんだけどさ。
「何よ、そんな問題に悩んでいるわけ?」
「そりゃ、君の時代のことだから君は分かるだろうけどさ」
彼女はレミ。古代ニホン生まれの子で、当時の医療技術では直せない病を患ったらしく、この時代までコールドスリープしてたらしい。
今ではすっかり健康体で、僕と一緒のスクールに通ってる。
「そうだ。この意味教えてよ」
「えー、どうしよっかな。先生には教えるなって言われてるし」
「せめて、ヒントだけでも」
「とりあえず、自分で考えなさいよ」
「考えてはいるんだけどさ」
恐らく、サクラサクのサクラは桜で間違いないだろう。では、サクは?
桜咲く。桜裂く。意表をついて柵か。
これはカタカナであることに意味があるらしく、単純に桜の花が咲くという意味ではないのだけは確かなんだけど。
それに、桜といっても色々な意味があるみたいだ。
「そういえば、レミは本物の桜って見たことあるんだよね?」
「まーねえ」
「そっか。いいなあ」
今の時代は桜はおろか、植物一本存在しない。
鉄の色に閉ざされたドームの中は空の色すら無機的だ。色彩鮮やかな世界というのがどれ程美しいのか、想像しただけでも羨ましくなる。
レミのような当時の人の協力でヴァーチャルでは再現されているけれど、質感も香りも雰囲気も全然違うと当時の人たちは口を揃えて言う。
桜の花は、そんな中もっとも愛されていたらしい。桜の歌は何よりも多く、桜の花が咲くと、その花を愛でるためのパーティが行われていたらしい。
「ま、そんな良いもんじゃないけどね。酔っ払いが服を脱ぐわ、げろを吐くし、うっさいちょうしっぱずれな歌うたってるし」
「……何それ。幻想が壊されていく」
「ああ、それはあるかもね。私たちの時代でも、ベルサイユっていう街は凄い美しいイメージだったんだけど、実際は糞尿まみれだったとか」
「うわあ」
「それに、私は花粉症だったからあの時期好きじゃなかったのよ」
レミはぶすっとした顔をして言う。
「カフンショウ?」
なんだか良く分からないけれど、当時は当時で大変だったんだろう。
「ま、確かにレミはハナヨリダンゴって感じだもんね」
その言葉に、かちんと来たのか、
「何よ、チェリーボーイ」
「……」
「いえ、チェリーメンかしら?」
「言いなおすなや!」
余計悪いわ!
「あら、意味分かるの?」
「そのくらい知ってるよ!」
「全く、引きこもりオタクがもてないのはいつの時代も同じねえ。これが俗に言う歴史は繰り返されるっていうヤツ?」
女を本気で殴りたいと思ったのは初めてだ。
「まあ、教えてあげてもいいけど。条件があるなー」
「何だよ。また、喫茶軌道エレベーターのバベルの塔パフェ?」
「違うわよ」
「ん、じゃあ。超銀河喫茶のがいいの? 確か桜フェアー今やってるみたいだけど」
「だから、違うってば!」
だー、と凄い勢いで怒られる。
「ほら、近くにスパイラル遊園地が出来たじゃない。そこに連れて行って欲しいなあって」
「ええー」
「な、何よ。私一人で行くのもなんだし、あんたが引きこもってばっかだと健康に悪いからっておばさんに頼まれているのよ」
「いや、興味な」
「いや、なの?」
レミは上目遣いに、瞳を若干潤ませて言ってくる。
いやいやいや、これは反則だろ。
「……いいよ。そんくらい連れてってやるよ」
どんな理屈を並べても、女の涙一滴にはかなわないっていう言葉が何千年も前から残っている理由が良く分かる瞬間だった。嘘泣きだと分かっていても。
すると、レミは満足げに頷いた。
「それでね、サクラサクのヒントなんだけど」
レミは僕の耳に唇を近づけてそっと続きの言葉を囁いた。
「そうか」
ヒントを聞くと答えが一瞬で分かった。
言われて見ると、どうして気付かなかったのか不思議なくらいだった。
桜の咲く時期。
祝いごとの意味を込めていること。
学生。
そして、桜の花はピンク色。
それらを組み合わせて出てくることはつまり、
「初潮を迎えたことです」
教室中が沈黙した。
先生は目を見開いて僕を見る。
あれ?
助けを求めるようにレミを見ると、盛大にすっころんでいた。
……僕、間違った?
「――正解だ。良く調べたな」
そう思った瞬間、先生は厳かな調子で告げた。
ほっと胸をなで下ろしてレミの方を見ると、彼女はまたすっころんでいた。
「何やってんの?」
「なるほど。この時代ではサクラサクはそういう意味なのか……」
「はい?」
「……ちなみにね。それは、お赤飯だよ」
何だか良く分からないことをぶつぶつ言っていた。