あれから数日が過ぎた。
 何を間違ったのか、化け物を倒した功績で王様に表彰されたりもしたけれど、その他には特に変わったこともなく、ボクとマリアはファッテンブル城の魔王の間にいた。マリアは例の如く玉座の感触を楽しんでいる。ボクはというと、酒場のアルバイトまでまだ時間があるので、内職の花作りに性を出している。今日のノルマは三百個だ。
「人手が欲しいわね」
 唐突にマリアが言った。
「そう?」
 暇そうにしている癖に人手が欲しいとは一体どういう了見か。というか、人手が欲しいのはボクのほうなんだけど。
「ええ。やっぱり魔王としての身分で、部下が一人っていうのは格好がつかないじゃない?」
「魔王としての身分って……。そもそも、ボクは君の部下じゃない!」
「え、そんな。レイブンってばわざわざ奴隷になってくれるの?」
「何で悪化してるんだ! 嫌だよ奴隷なんて」
 マリアに付き合ってもあげていてもいいかなーとは思ったけれど、奴隷扱いされてまで付き合う気は毛頭ない。
「ま、というのは冗談で。仮にも魔王と名乗っている以上、やっぱり二人しか仲間がいないっていうのは問題じゃない?」
 いや、勇者を目指しているヤツが魔王を名乗っている時点で大問題だと思うけど。
「というわけで、町中でビラを配って参りましたー」
「行動早いなあ。一体どんなビラを配ってきたのさ?」
「えーとね。魔王コンテストって書いて」
 ……そんなこと書いて、一体どこの誰が集まるというのだろうか。というよりも、良くそんなものを配っていて、城の兵士達に捕まらなかったものだ。
「いや、別にね。そんないっぱい人が来ることを期待してる訳じゃないのよ。ただ、物好きな人が少しだけ来ればいいかなーって思ってね。あはは」
 マリアにしては随分と謙虚な物言いだ。
 だけど逆に、その謙虚さが嫌な予感に繋がっているような気がするのは、気のせいだろうか。


 *


 そして、後日。
 コンテストの時間になった。
「これは、一体何なの?」
 マリアは舞台脇からこそこそと窺いながら言う。
「知らないよ。全部マリアが呼んだんだろ……」
 ボクは頭を抱えてから、ファッテンブル城の大広間に集まって貰った人達を見た。
 適当にビラを配っただけのはずなのに、そこには物好きな二、三人だけじゃなくて、百人近くもの人が集まっていた。
「ねえ、これどうすればいいのかな?」
「えーと、とりあえず、集まって貰ったことだし、一人ずつ話を聞いていくしかないんじゃない」
 はあ、と珍しく二人そろってため息をついた。


 ケース一
「あなたはどうして、ここに来たんですか?」
「そりゃ人には悪の部分が必ず存在するからですよ。ひひひ。ですから、是非とも魔王様のお力になりたいのです」
「……ご自分で魔王になろうとは思わなかったのですか」
「そ、そんな! まさか、私みたいな小物じゃあ無理ですよ。私みたいな下々で矮小な存在は魔王様の手足として使って頂ければ、それで本望でございます」


 ケース二
「あなたはどうして、ここに来たんですか?」
「ふふん。おかしなことを言う。当然世界を牛耳るためであろう?」
「……ご自分で魔王をなさろうとは思わなかったのですか?」
「それこそ、愚問だな。俺はナンバーワンという象徴的な立場は気に食わんのだよ。その点で言うならば、ナンバーツーという存在は実に良い。表には立たず、影の面で言うならばナンバーワン以上の権力を持つ。これほど魅力的なポジションはあるまい。更に言うならば、ナンバーツーはナンバーワンと異なり、責任の比率は飛躍的に低くなるからな。魔王という象徴的な存在はいつかは討ち滅ぼされねばならないが、ナンバーツーの生死など人にとってはどうでも良いものなのだから――」


 ケース三
「あなたはどうして、ここに来たんですか?」
「何となく」
「……ご自分で魔王をなさろうとは思わなかったのですか?」
「何となく」


 *


 さすがに顔を見られるのはまずいかな、ということで急遽仮面を被ってから、端の一室で面接を行った。
「……」
 ボクはテーブルをこつこつと叩きながら呟いた。
「何というか、あれだね」
 本当に、言葉もない。
「そうね。こういう大事な場でなんとなく、と答えるのは無気力な今の若者の象徴という感じね」
「そっちかよ!」
 突っ込むべきは、平和なローランドで、何でこんなに悪人志望が多いんだということじゃないのか。
「しかし、これだけ悪人に憧れている人がいるっていうのに、どうして一人たりとも魔王になりたいと思っている人がいないのかしら」
「いや、まあ。何でだろうね」
 総合的な意見占めるのは、ナンバーワンの責任を負うのが面倒くさいようだ。それは当然と言えば当然の話だろう。ボクとしてもそんな重責まっぴらごめんだ。確かに憧れだね、ナンバーツー。
「来てくれた人は後一人みたいだけど」
「とりあえず、入って貰って」
 丁寧にノックをされて、入ってきた人は今までの人達とはまるで異なっていた。雰囲気とか抽象的なものでなく、純粋に格好が違うのだ。
 紺色の三角帽に厚手のローブ。先端に七芒星の紋章のついた杖を手に持っている。間違いなく魔法使いの女の子であった。
 でも、何で魔法使いがこんなところに?
「あなたはどうして、ここに来たんですか?」
「えーとですねー。世界平和のためですー」
「へ?」
 今までとは全く違う回答が返ってきて、隣に座るマリアの眉間に皺が寄った。
「何故世界平和を目指すあなたが、魔王コンテストなんかにいらしたのですか」
「え、魔王コンテスト……これって、魔法コンテストじゃないんですかー?」
 女の子は酷くびっくりした様子だ。冗談で言っている様にはとても見えない。
 魔王と魔法……まあ、似ていないこともない。発音しても一文字しか違わないし。
「ぎりぎりセーフってところかしら」
「うん。ベタといえばベタだしね」
 ボク達はうんうんと頷く。
「まあいいわ。あなた採用ね」
 マリアはきっぱりと言い放った。
「……いいのかい、マリア?」
「勿論よ。何が悲しくて、悪人なんかと一緒に仕事をしなければならないのよ。あたしは勇者なのよ」
 マリアは胸を張って自信満々に言う。だから、そのささやかな胸を強調するような――ばちん。
「まだ、何も言ってないだろ」
「虫がとまっていたのよ!」
 何故か怒られるボク。
 そんなボク達を、目をぱちくりさせて眺めている魔法使いの女の子。
「あのう。お手伝いをするのは構わないのですが、一体あなた方は何をなさっているのです?」
 女の子は可愛らしく小首を傾げて至極まっとうなことを尋ねてくる。
 その質問はボクも知りたい。ボク達は何処から来て何がしたいのだろう……?
「えーと、それはね」
 マリアはこほんと咳払いを一つし、懐から一冊の本を取り出した。伝説の勇者自伝録(フィクション)だった。
「ここの部分にね、光があるところには必ず闇があるって記されているのよ」
「なるほど」
 女の子は感心したようにしきりに頷いている。
「あたしは思うの。平和なのは悪くないわ。むしろ、喜ばしいことよ。でもね!」
 どん、とマリアはテーブルを強く叩く。
「平和に慣れきった人というものは往々にしてもろいものなのよ。だから、あたしがしていることは、兵士さん達の気を引き締める意味を込めているの。いつ本物の魔王が襲ってきても、人々が混乱しないようにね」
「……」
 えーと、これって。そんなまっとうな話だったのですか。
 呆然とマリアを見るボクをよそに、女の子はぱちぱちと手を叩く。
「凄いです。そういうことなら私にも是非手伝わせてください。私、あなたみたいな人の手伝いがしたいって思っていたんです」
「あたしは、マリア。よろしくね」
「はい。あ、私の名前はサクラっていうんです。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
 二人は自己紹介をしあった後、堅く握手をかわす。
「えーと、何か綺麗にまとまっているところ、悪いんだけど、あれは一体どうするの?」
 ボクは広間に集まった方々を指さして尋ねる。
「ふふふ。あーいう、悪人達にはすこーしばかりお灸を据えておいたほうがいいわよね。悪いことを考えないようにね」
 すると、マリアはくっくっくと邪悪な笑みを浮かべた。
 サクラは素晴らしいです、と喜んでいた。
 ボクは深いため息をついた。
 集められた方々は、水をぶっかけられて、その後電気を流されて仲良く昏倒した模様。


 *


 その後、いくつかの証言。
「魔王は汚い手口で俺達を集めて、いけにえにするところだった」
「集められた俺達は、魔王に生体エネルギーを吸収されて気を失ってしまったんだ」
「でも、何でかな。気がつくと、俺達の中にあった悪い心がすっかりと軽くなってしまっていたんだよ」
「おうおう。恐らく俺達の中にあった、闇のエネルギーを吸収したに違いない」
「何て恐ろしいヤツなんだ……」
 とのこと。
 ちなみに、ショックのあまり魔王のことを覚えている人はいなかったらしい。

      

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