あれから三日間が過ぎた。風の噂によると、ノースさんは三日間寝込んでいたらしい。お気の毒様である。とりあえず、マリアにかわってエイジスに祈っておくことにする。信心薄いボクが祈っても効果は薄いだろうけど、祈らないよりか少しはましじゃないかな。
 そして、肝心のマリアはというと、
「んん〜。こりゃ良いわ」
 魔王の居城こと、ファッテンブル城の魔王の間にて玉座の感触を楽しんでいた。廃墟となって長い時間が過ぎて痛んでいるとはいえ、元々がボク達には全く縁のない代物だ。その座り心地の良さは特筆すべき物がある。玉座なだけあって元々の素材は一級品だ。
 確かに、こんな高級品ボク達には全く縁のない代物だけど、彼女の神経の図太さには恐れ入る思いだ。そんなマリアに、付き合っているボクもボクだけど。
「ねえ、マリア」
 ボクが呼びかけると、
「んー。分かってるって、この間の失敗のことでしょー。あの獣強かったからねえ〜」
「いや、誰もそんなこと聞いてないよ。もうすぐ、アルバイトの時間だよ、酒場のアルバイトの!」
 酒場までここからだと、歩いて一時間以上かかる。そろそろ行かないと間に合わなくなってしまう。
 というか、ノースさんの件は失敗にも含まれていないのか。本当に、お気の毒だ。
「あ!」
 いきなりマリアは大声を上げるので、びっくりしてしまう。
「い、一体どうしたの?」
 ボクの問いかけには答えず、マリアは手を口元に添えてぶつぶつと何かを呟きはじめた。
「おーい」
「……」
「ちっさな胸のマリアさーん」
「……」
 反応がない。よっぽど集中しているのだろう。昔からマリアの集中力は凄いのは知っている。こうなってしまったマリアはてこでも動かないので即刻諦めた。
 やれやれ、今日も一人でバイトですか。
「ああ、何か嫌な予感がするなあ、全く……」
 ボクは大きくため息をついた。


 *


 酒場でのバイトが終わって、もう夜もすっかり遅くなっていた。町の灯りはほとんど落とされており、町の輪郭は失われていた。
「さすがに疲れたなあ。たく、マリアったら本当に帰ってこないんだから。二人分の仕事しているんだからバイト代は二倍くれないかなあ……無理だろうけど」
 ボクはぶつくさと文句を言いながら、夜空を見上げてみた。夜空に瞬く星々は、厚い雲に覆われて、その姿をひそめていた。
 ボクは夜が好きだ。それも、こんな風に星の輝きも、町の灯りも何もなく、風もない夜が。ただ、どこまでも静かで、人の気配の全くない雰囲気が。
 もともと深く暗い雰囲気のほうがボクの肌に合っている。
「……はてはて。しかし、まあ。この町はこんなに静かだったかな」
 なのに、ボクはそんなことを呟いてしまった。
 原因は分かり切っている。あのお騒がせ娘がいないからだ。
 ボクは首を何度か振る。本当、騒がしいのは嫌いなはずで、平穏とか一人ぼーっと紅茶を飲みながら、お金を勘定しているのが好きなはずなんだけどな。
「たく。全くボクらしくないことをしてるよ」
 くつくつと笑ってしまう。ボクはまったくもって何をしているんだか。あれだけ迷惑をかけられているのに、彼女に付き合ってあげているなんて。
 ひょっとすると、こんな状況を楽しんでいるのだろうか。
「まさかね」
 ボクは持っていた工具を酒場の倉庫に手早く片づけて、家へと足を向けた。


 *


 次の日になると、マリアは普通に帰ってきたので、アルバイトの時間まで余裕があったけれど、酒場へと向かう。
 ボク達が町の中心にある噴水を通りかかったところで、ノースさんに出会った。
「やあ、こんにちは」
 顔色が優れていないだけでなく、以前会った時よりも少しばかり頬がこけている。どうやら、まだまだ立ち直れていないようだ。
「大丈夫なの?」
「はは。まだまだ私は精神的に未熟だったみたいですね。少しばかり修行の旅に出かけてくることにします」
「まあねえ。あの程度でへこんでるようじゃ、確かに修行が足りないわ」
 マリアはうんうんとちっさな胸をはって頷いている。
 というか、お前が言うな。
「それでは」
 そう言って後にするノースさんの後ろ姿を見ていると、何か言うことがあったような気がするのだけれど、何だったか。
「うーん」
「どうしたのよ?」
「何か言わないと悪いことがあったような気がするんだけど、何だったけ」
 盗賊っていう言葉が関係していたような。
 まあ、いいや。思い出せないということは大したことではないのだろう。それよりも早く酒場に行かないと。
 マリアはふーん、と興味なさそうに頷く。
「そういえば、マリア。昨日は一体何をしてたのさ?」
 ボクが尋ねると、マリアはにんまりと唇を吊り上げて笑う。
 ああ、何て邪悪な笑みだろう。勇者に憧れている人が浮かべているとはとても思えない。
「それはねえ」
 言いながらマリアは、ちらちらと突貫で修理されたばっかりの噴水の様子を伺っている。
 一体噴水に何があると――
 すると、石が砕ける轟音が鳴り響いた。前回と同様に噴水を粉砕して、黒色の化け物が姿を見せる。
「……」
 ああ、なるほどね。
 ボクは一瞬で自体を把握した。
 今度の化け物は、前と同じように黒色で鋭角的なデザインだが、二足歩行で人の形をしている。手の指から伸びるかぎ爪が何とも痛そうだ。
「我は魔王ゴルド・エザベラーの使い。この町を滅ぼす」
「上等じゃない!」
 マリアはトンファーを抜き放ち、化け物の前に立ちはだかる。
「面白い」
 化け物は早速狙いをマリアに定め、飛びかかってくる。
 化け物の速度はとんでもなく速い。その速度は打ち出された矢よりも尚速い。まるで稲妻のよう。ボク程度では視認するのがやっとだ。
「くぅ……」
 突き出されるかぎ爪を、マリアはトンファーで何とか防ぐも、その速度までは殺せずに吹っ飛ばされる。
「何のこれしきー」
 マリアは空中で体を捻り、民家の壁面に着地する。そして、そのままの勢いで壁を蹴る。三角蹴りの要領だ。そのまま、化け物へと勢いよく突っ込んでトンファーを振り下ろす。
 今度は化け物が、マリアのトンファーを両腕をクロスさせて防いだ。
 しかし、先程のマリアとは異なって、そのまま威力は殺されて耐えられた。
「うそーん……」
 化け物のカウンターでマリアは再びぶっ飛ばされた。
「きゃー」
 ボクは着地点に先に回り込んで、マリアの体を何とか支えてあげる。
「ねえ、マリア。何か対策とかしてないの?」
「そんなのあるわけないじゃない。だって、あれ適当に作っているだけだし」
「適当なのか!」
 ……そう言えば、マリアは昔から適当に物を混ぜたり加工したりすると、最高の物が出来上がるというふざけた特技を持っている。それは、料理の時だけに適用されるかと思っていたんだけど、こんなところでまでそんな才能を発揮してくれなくてもいいのに。
 というか、前のよりも強くないか、あれ。
「そういえば、三度目の正直って言葉はあるけど、二度目の奇蹟みたいな言葉はないよねえ……」
 ボクは自虐的にそんなことを呟く。
 頼りの要のノースさんはついさっき町を離れたばかりだし、一体どうすればいいんだろう。
「ふ。こういうピンチにこそ、勇者は新たな必殺技に目覚めるのよ」
 マリアはこんなこと言ってるし。
「ひょっとして、昨日は新しい必殺技のための修行をしてたとか?」
「ううん。ずっと、アレ作ってた」
「全然ダメじゃん!」
「あー、もう。レイブンってばうるさい! とにかく、行くわよ!」
「あ」
 マリアはボクの手から離れ、再び化け物へと駆け出した。
 そして、やっぱりぶっ飛ばされる。
「まだまだー!」
 それでも、マリアは諦めない。いつものようにいきいきとした表情で、何度吹っ飛ばされても立ち上がり、そして挑む。その瞳には決して悲壮感なんて漂うことはない。
「がんばれマリアー」
「負けるなー」
 いつのまにか人だかりが出来ており、町の人達みんなから、応援の声があがっている。そして、城の兵士達も応援していた……あなた達は本来の仕事をしてください!
 それにしても、全くマリア。君ってやつは本当に。
 ボクは誰も自分を見ていないかどうか、きょろきょろと周りを窺う。町の人達はみんなマリアの戦いに釘付けになっており、ボクのことなんか見ていない。
 そのことを確認して、ボクは化け物の動きのタイミングを計って昨夜仕掛けておいたものを起動させる。化け物の足下にワイヤーがからみついた。そんな高等な物じゃないし、一瞬程度の足止め程度にしかなりはしない。
 だけど、
「チャンス!」
 その一瞬をマリアは見逃したりはしなかった。動きの鈍った化け物に、マリアの渾身の一撃がクリティカルヒットした。


 *


 勝利宣告をあげるマリアを、「小さな勇者だー」と、町のみんなで胴上げしている。元々人気者なマリアだけど、この騒ぎは姫様の結婚式並の盛り上がりっぷりだ。
「全く、自分でおこしたことだというのになあ」
 ボクは一人隅っこのほうに座り、胴上げの様子を眺めながらぼやいてしまう。幸いボクの仕掛けた罠に気付いている人はいなそうだ。
 一言文句でも言ってやりたかったけど、あんな楽しそうに笑っているマリアを見ていると、怒る気も失せてしまう。
 何はともあれ、魔王な勇者が誕生した瞬間であった。

      

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