こんばんは。
 へえ、そう。
 私のことを知っているの。
 くすくす。私も有名になったものね。
 でも、それなら、話が早くて助かるわ。
 でもね、過去を喰らわれるというのは、その過去自体が存在しないことになる。
 貴方を覚えている人も、貴方の残した物も何一つ残らない。
 今の貴方はそのままに、その過去だけがぽっかりと無くなるということよ。
 それは、貴方が過去を忘れるわけじゃない。
 どれほど輝かしい栄光も、胸から零れた切ない想いも現実には何一つ残らない。
 何かを失ってしまったという感情すらも呼び起こすことはない。
 完全な空白。
 その歪さは、影を無くしてしまった人のように、貴方が想像しているよりも遥かに恐ろしいでしょう。
 しかも、そこで得られる奇跡はどれほどのものか分からない。
 記憶は、人の生きた証。
 残したものは、後へと続く道しるべ。
 それで得られるものは、決して人が羨むほどのものじゃない、人の生きた証には見合わない、ほんのささやかな奇跡だけ。
 それでも、貴方の過去を差し出すと言うの?
 私から言えるのはそれだけ。
 それで良いのなら、語りなさい。
 そうすれば、貴方のとても甘そうな後悔、その過去、喰らってあげるわ。
 ただし、嘘をついていたら、どうなるか知らないけどね。

      

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