一
はっと意識を取り戻す。
確か、水瀬くんが意識を取り戻したからクラスみんなで見舞いに来たんだ。
しかし、みんなで来たところで、狭い病室に入りきれるはずがない。結局は水瀬くんと仲の良い友達が病室に残り、私のような子は顔だけを見てすぐに病室から出た。
「そうだ」
何で帰らないかというと、彼の病室で鞄を忘れてきたからだ。それで、人と会いたくないため、見舞いに来ている人たちが帰った後に取りに行こうと、外で時間を潰していたのだ。
空を見上げると、日はすでに落ちている。ちょっと時間を潰すつもりが、随分と時間がたってしまったようだ。携帯電話で時間を確認すると、七時を回っていた。この時間にはさすがに人は残っていないだろう。
病院内に再び入ると、ロビーを通りがかった看護師に、面会の時間は終わってますよといわれる。私は、すみません、忘れ物をしたのでとか細い声で告げ、逃げるように病室へと向かう。
病室にたどり着き、深呼吸をしてこんこんとノックをすると反応がなかった。ひょっとしたら水瀬くんはトイレにでも行っており、部屋を空けているのかもしれない。
それなら彼とも顔を合わせなくてすむし、わざわざ忘れ物を取りに来たなんて言う必要もないだろう。
私は胸を撫で下ろし、そっとドアを開くと、水瀬くんはいた。ベッドから身体を起こして、ノートに何かをかりかりと一心不乱に書いていた。
水瀬くんはドアを開く同時に、こちらに気づき、慌てた様子でノートを閉じてから、私を見る。
「あ、坂下さん。ど、どうしたの、一体?」
「うん。あの、ごめんなさい。ノックをしたんだけど、気づかなかったみたいで。昼間お見舞いに来たときに、この部屋でバッグ忘れたんだけど」
「あ、ああ。このバッグ?」
彼はそう言って、ベッドの隅に立てかけていた鞄を手にとって見せてくれる。
黒色の地味な肩掛けバッグ。確かに、私のだ。
「うん、それ。その、ありがとう」
お礼を言ってから鞄を受け取ると、私はそのまま病室を後にしようとする。
「あの、坂下さん」
水瀬くんに呼ばれ、後ろを振り向く。
「今日はお見舞いに来てくれて、ありがとう」
そう言い、水瀬くんは笑った。
「うん。水瀬くんが目を覚まして、本当に良かった。早く退院出来るといいね」
私は頷いてから答えると、水瀬くんは、ありがとって頬をかきながら言った。
「あのさ、坂下さん」
「どうしたの?」
水瀬くんは私と今書いていたノートとをちらちらと交互に見てから、
「あのさ。坂下さんって、普段はどんな本読むの?」
と、尋ねてくる。
「どんなのって」
どうして、いきなりそんなことを聞くのか分からなかったけど、私は、はっきりと答えた。
「私は、感動するお話が好きだよ」