「ふう、遅れちまったな」
シオンは腕時計に目をやる。針はすでに八時を越えていた。とっくの昔に日は落ちており、公園の中にも人の姿はない。姫花に指定された時刻は七時。すでに帰ってしまったのだろう。
そう思い、公園に背を向けようとしたところ、
「わ!」
突然の大声に、思わず背筋を伸ばしてしまう。
ぎくしゃくとした動きでそちらを向くと、そこには待ち合わせの相手である姫花が立っていた。彼女はシオンの反応に満足したのか、けたけたと声を上げて笑っている。
「お前な、子供かよ……」
呆れ気味に言うシオンに、姫花は頬を膨らませる。
「シオンが遅れてきたからじゃない」
「それは悪かったよ。剣道が長引いちまってな。で、話って何?」
シオンは胸を撫でる。先程の大声のせいで、まだ胸の奥がどきどきと脈打っていた。
シオンが促すと、姫花は途端に両手の指先を合わせてもじもじとしはじめる。寒いのだろうか。確かに十一月ともなると夜は冷え込む。走ってきた自分は暖まっているのだろうが、制服しか着ておらず、ただ待っていたであろう姫花の体は冷え切っていることは推察がつく。
「えーとね、とりあえず中に入らない?」
「帰りながらでいい? 俺腹減っちゃって」
その言葉に姫花は不機嫌そうに眉を吊り上げる。
「ああもう。とりあえず、入るの!」
ずんずんと転がっている小石を蹴飛ばしながら、姫花は公園の中に入っていった。シオンは呆然とその後ろ姿を見送ってしまう。
「何怒ってるんだ?」
寒いだろうからの提案だったのに。それに話なら家ですればいいのにと思っているシオンには、姫花の心境がさっぱりと分からない。
姫花は公園の中央にある噴水の縁に腰掛けた。手の平にはあっと息を吹きかける。手はかじかんでいるのか、少し赤くなっていた。それに、スカートから見える白い足も頬も、少しだけ赤くなっている。
「うんとね。その」
どうにも歯切れが悪い。いつも言いたいことをハッキリという姫花らしくない。何だか口を挟むとまた怒られそうな気がしたので、黙って姫花の顔を見た。気付けば頬は真っ赤になっている。目が合うと天然の亜麻色をした髪の毛を跳ねさせながら、元気よく笑った。
それから姫花はうん、と大きく頷き立ちあがった。それでシオンの顔をはっきりと見据える。
「シオン。わたしね……」
言葉を遮るよう公園に、体の内から震わせるような轟音が鳴り響く。直後、シオン達に突風が吹き付ける。
シオンは吹き飛ばされないようにして、音の中心に眼を向けると――――闇がいた。
深い深い闇がいた。
人の形をした闇が。
世界の底よりも尚深い。
闇は、夜色の瞳をシオンへと向けて――――