おまけ

 

 あれから、また普通の生活を送っている。
 良平は相変わらずバイト詰めだし、沙紀も相変わらずやかましい。澄も変わりないようだ。
 姫花はあれからリハビリを行っている。元の状態に戻るまではもう少し時間がかかりそうである。でも、見舞いに行くと、こんな経験滅多に出来ないしなどと言いながら、元気そうに笑っている。今の生活を楽しんでいるようだ。
 そしてシオンはというと、ちゃんと学校も部活にも通ってる。あれほどの大怪我だったのに、翌日にはすっかり治ってしまったということは、病院側と警察側からしてみればもはや怪奇現象のレベルだ。説明のしようのないシオンからすれば、適当な言い訳をすることしか出来なかった。結局ほとぼりが冷めるまで待つことしか出来るものでない。
 それ以外はまるで普通だ。毎日は緩やかに過ぎていく。
 けれども、家に帰ると少しだけ広い気がする。何でだかは分からない。いや、それは嘘だ。理由なんて分かり切っている。自分はこんなに女々しい性格だっただろうか。笑ってしまう。
 あれから、奇蹟のような力は一度もふるえてはいない。あのような力があれば、意図せずとも力に頼ってしまうだろう。便利な物があるのに、それに頼らないで生きていけるほど聖人のような性格はしていない。だから、その点は別に構わない。
 今となっては、全てがまるで夢だったのではないかと錯覚してしまう。彼女が居た証拠となる物は一本の刀だけだから。
 家に帰り着いたシオンは刀を手に取り、鞘から抜く。姿を見せるのは白い直刃。
 ――だけど。一度だけ。一度だけなら。
 目を閉じて、強く願う。力の使い方などまるで分からない。だから、願うだけだ。強く強く。イメージは世界。内から外へ、外から内へ。白に限りなく近い黒。そして、彼女の姿。
 パキン、という音がした。
「……え?」
 目を開くと、刀は折れていた。
 いつか見た銀の粒子となって空気の中に溶けていく。唾も柄も、残さずに溶けていく。
「あ」
 留まらせようとするも、水が零れるように手の内から逃げていった。手の中には何も残らない。イメージしていた物が消えていくのを実感する。
「……そんな。どうして」
 今までこのようなことはなかったのに。毎日の習慣のようなものなのに、何故今更……。
 呆然と手の平を見つめてしまう。これで、完全に繋がりが無くなった。彼女のいた証拠は何もなくなった。何一つとして。
「何が、無限の可能性……だよ」
 シオンは唇を噛みしめる。雑草の名前を持つ刀の意味は無限の可能性。けれどもそれは、所詮は可能性に過ぎない。雑草の成分なんて今の化学の技術で何のやくにも立たないことが証明されている。だからこそ、雑草なのだ。
 すると、ドアが開く音がした。玄関の方からだ。玄関の鍵は閉めていたはずである。
 ――まさか。
 落ち着かせるように息を吐き、自分の部屋を出る。情けないくらい手が震えてる。
 ――もしも。もしもだ。これはあくまで仮定の話。
 階段を下りる。脈は早鐘のように打っている。
 ――世界を作り出すこともたやすい、神の欠片が砕け散る理由なんて。
 玄関に向かう。思考が白く塗りつぶされる。
 ――それは、きっと。人という奇蹟が。
 そして、そこにはユウが立っていた。いつもの三つ編み。前に買ってあげた服を着てある。
 ユウは放心しているシオンへと笑いかけ、
「甘いものが食べたくなったので、また来ました」
 そんなことを言った。
 甘い言葉を期待していただけに拍子抜けしてしまう。
 けれども、嬉しいことには違いない。文句も死ぬほど言ってやりたい。言いたいことは山ほどある。けれども、まずはこの言葉からちゃんと言おう。
 おかえり、と。




 おしまい

      

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