「大学合格おめでとう、姉さん」
バタンと勢いよく開かれたドアから姿を見せた、少年は開口一番そう言った。
椅子に座っていた女性は、驚きで目をしばたかせるが、にっこりと微笑んでからそちらを向いた。
「ありがとう」
しかし、言葉とは裏腹に、少年の顔は曇ったままだ。
「どうかしたの?」
「ねえ、どうして、医学部なの? 危ないじゃないか」
医者という職業は、この国における警察という機関に告ぐ死亡率の高い職業だ。少年が彼女の合格を憂うのは当然のことであった。
「人ってどうして、アウターになるんだと思う?」
彼女は少年の目線に合わせてしゃがみ込み、その頭を優しく撫でてあげながら尋ねた。
――アウター。死に損ないの人と言われる、人が一度目に死んだ後になるものである。
「そんなの、復讐するために決まってるじゃないか……」
人が死ぬときに一番思う感情は未練だと言われている。そして、未練の中でもとりわけ強い感情が復讐心なのだ。誰かを憎む思いが強ければ強いほど、人の体は現世へとつなぎ止められる。
「……私も、そう思うよ。まるで、人は誰かを憎むために、誰かに復讐するためだけに生きているみたい」
「だったら!」
少年の言葉を遮って、彼女は言葉を続ける。
「そんなの、悲しすぎない?」
そう問われた少年は口をつぐんでしまった。
「だからね、私は医者になりたいの。お医者さんなら、人の命を助けられる。そうすれば、そんな悲しいことに気付かなくてすむし、いっぱい人が助けられるしね」
そう言い、彼女は少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
彼女のほっそりとした指の感触が気持ちよくて少年は笑った。
このとき、彼にとって彼女はただの憧れだった。まっすぐと自分のしていることを語る彼女のことは自慢以外の何物でもなかった。
まだ、彼は知らない。
両親が彼女に殺されることを。
そして、自分自身も何度も何度も業火によって焼かれ、殺されることを。