王女様と、隣の国の王子様との結婚式で、国中をあげてローランドの城下町は盛り上がっている。通りは人でうめつくされていた。パレードを目の前にして、人々はみんなうきうきとしている。
 そんな陽気な状態の中、一人陰気くさい顔をしている少女がいた。
 マリアである。
「全く、えらい恥をかかされたものね」
「まあ、あんなことして笑って許してもらえただけ御の字じゃないの?」
 ボクはため息を吐きながら、返答する。
 城の神官を、勘違いとはいえぶっ飛ばしてしまったのだ。
 子供は元気が一番だ、と王様は豪快に笑って許してもらったからよかったものの、一歩間違えれば重罪人で、絞首台送りだ。平和な時代で良かったと本当に思う。いや、まじで。
 しかし、マリアの夢がぶちこわされたのも事実なようで、帰った後にショックでさっきまで寝込んでしまったほどだ。
「全く。あの親父ども……今度、お酒の中に特製コショウを入れておいてあげるわ」
「こらこら。そんな高級なのを使うのは勿体ないから、せめてショウユくらいにしておきなよ」
 ボクに出来ることは、せいぜいマリアをなだめることぐらいだ。
 そんな中、舞っている紙吹雪に混じって、一枚の紙がボクの目の前にひらりと落ちてくる。
「何かしら」
 マリアはその紙をキャッチして、中を覗いてみる。
『勇者 急募』
 と、大きな文字が書かれていた。
「これ、何かしら?」
「……アルバイトの募集じゃないの」
 そう答えたボクの首筋に、マリアの手刀が叩き込まれる。
「んなわけないでしょ。この場所見なさい」
「フラットランドだね」
「フラットランドっていえば、この間ゴブリンの大群があらわれったっていう村じゃない。絶対にそれの退治よ。間違いないわ!」
「ああ、そんなことあったね」
 ボクは薄ら寒い気配を感じながらも頷く。確かに今は姫様のパレード中だ。いくら平和な国とはいえ、城の兵士を動かすことが出来ないのだろう。
「ふっふっふ。襲いかかるゴブリンをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……ついには、親玉である魔王との一騎打ち」
 マリアは両手を組み、想像の中で勇姿をを想像して、きらきらと瞳を輝かせる。
 おーおー。すでに守るべき人たちは眼中にありませんよ。
「よーし。ねえ、レイ――」
 ボクは、マリアが次の言葉を言い終える前に、すでに逃げ出していた。


 *


 フラットランドというのは、ローランドの南に位置する小さな村だ。田園風景が広がるのどかな場所である。距離にしてローランドから歩いて二時間ほどの距離だ。
 マリアは鼻歌交じりに舗装された道を歩く。その後ろで縄に縛られたボクの姿は見なかった事にして欲しい。
「ねえ、マリア。目的地はフラットランドのどこなのさ?」
「えーとね……住所は書かれているけど、場所が分からないわね。あ、すみませーん」
 丁度、姫様のパレードに行くのか、すれ違ったおばあちゃんに、マリアは道を尋ねてみた。
「ああ、それはねえ……」
 おばあちゃんは見知らぬマリアにも、丁寧に道を教えてくれた。
 後ろにボクが縛られているのは何の問題もないらしい。
「ありがとうございます」
 マリアも、誠意を込めておばあちゃんにお礼を言った。ボクもついでに頭を下げる。
「しかし、お嬢さん……あそこに何をしにいくのかね?」
「勇者になるためです」
 先程のビラをおばあちゃんに見せてから、マリアはちっさい胸をはる。
「おや、まあ……わたしゃ、ああいうものは、もう少しごつい男の人が行くものじゃと思っとったよ。お嬢さんのような、可愛い子じゃなくてね」
「やだあ、おばあちゃんったら〜」
 可愛いと言われ、マリアは照れくさそうに手を振った。
「……そんなにきついんですか?」
 ボクが尋ねると、おばあちゃんは神妙そうに、
「そうねえ、前に行っておった人は、二度と行きたくないっと言っておったよ……」
 僕は頭の中に、片腕をえぐられて、苦しみに泣き叫ぶ精悍な男のことを想像してしまう。
 それは、マリアも同じだったのか、額には冷や汗が浮かんでいた。
「行かないほうがいいんじゃないのかね〜? お嬢さんには厳しいんじゃないかい」
 そうだ。そうだ。
 ボクもおばあちゃんの意見に同意するように頷いて、マリアを見る。
「いえ、あたしは行かなくちゃ行けないんです。いや、あたしじゃなくてはならない!!」
 瞳に輝きをともしながら、マリアはそう言った。いや、がぜんとやる気が出てきているようだった。厳しい闘いにむかうというシチュエーションに酔っているのだろう。拳も強く握りしめられているし。
「そうかい。ならがんばっといで」
 おばあちゃんとはそんな風にして別れた。最後におばあちゃんがボクに向けた視線は、生暖かいものだった。
 ……いや、ボクはそういう趣味はないんですけど。
 ボクは、深海の海溝よりも深いため息をついた。


 *


『フラットランド幼稚園』
 ボク達が着いた建物の入り口には、そんな看板がでかでかと飾られていた。
「……これは、一体」
 てっきり聞いた住所が間違ったのかと思いきや、周りには他の建物なんてない。
 けれども、あの優しそうなおばあちゃんが、この間の酔っぱらいのようなほらを言っているとも思えない。
「なるほど。ゴブリンは幼い子供を狙うのね。だからあたし達がここの護衛に任されたっていうわけね」
 なるほど。そうなのか。
 マリアは気合いを入れるために頬を叩き、門をくぐる。すると、二十歳くらいの保育士のお姉さんがボク達を迎えてくれて、奥の客室へと通される。
「あー。ビラを見てくれた方ですねー」
「はい!」
 マリアが気合いを入れて頷くと、お姉さんは胸をなで下ろした。
「よかったー。本当、もしかしたら誰も来てくれないんじゃないのかと、思ってたんですよー」
「やっぱり誰もいないんだ……」
 ボクはぼそりと呟く。
「え? どうしました」
「いえ、何でボク達の他に誰もいないのかなーって……」
 ボクが尋ねると、お姉さんの顔色が変わった。
「えーっと、そうだ。園長先生を呼んできますね」
 お姉さんはお茶を濁すだけで、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。
 残されたのは、白い湯気の上がる紅茶が二つ。
「……何だか、凄そうだね」
「そうね。燃えてくるわ」
 マリアの顔を見ると、口元がひくついていた。
 これは、笑いを必死でかみ殺している顔だ。頭の中ではすでに、ゴブリンを振り回しているシーンがシュミレーションされていそうだ。
 少し時間がたつとドアが開き、初老の女の人が入ってくる。上品なたたずまいだった。おそらくこの人が、ここの園長先生なんだろう。
「こんにちは。よく、来てくださいましたね」
 園長先生は、人好きのする笑顔を浮かべながら、ボク達の正面の椅子に腰掛けた。
「私はマリアと申します。ローランドのほうから来ました」
 マリアは背筋を伸ばし、左手を頬に添えて答えた。
 ……目上の人に対する、相も変わらずの変わり身の速さだった。背景に真っ赤な薔薇が浮かんでいるのが、目に見えるようだ。ボクは目をこすった。
「あらあら。若いのに礼儀正しいですわねえ」
 園長先生も手をあごに添えて感心する。だまされているともつゆ知らずに。
「でも、あなたみたいな子が来たのは初めてね。大丈夫? 思っている以上に、きついと思うけど」
「大丈夫です! たとえどれだけ苦しくても、どんなことでもやり抜いて見せます!」
「そう?」
 マリアの気迫に気圧されたのか、園長先生は満足そうに頷いた。
 そして……。
「こ、これは……」
 突きつけられた現実を認めたくないのか、マリアは差し出された物を見ると、そう言うことしかできなかった。
 そこに置かれている物は――勇者と魔王の着ぐるみだった。
「なるほど。これを、着てゴブリンと戦えと……確かに、動きにくいという欠点はあるものの、ゴブリンの使用する基本の武器はメイス。つまり、打撃系の攻撃しかしてこない。この布の厚みなら、敵の攻撃は多少しか効かないはずだわ」
 いかにも説得力のありそうで全くない、無理のある言葉をマリアは言う。多分、言っている本人も無理があるなあって思っているに違いない。いや、マリアの場合、なかったとしてもあると思いこみそうだ。
「え? ゴブリンの役がしたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが……」
 ボクはマリアの肩を突いて、
「ねえ、マリア。もう一度求人票を見てくれる?」
 マリアは紙を取りだして、見てみる。
『勇者 急募』
 だけど……。
「指をどけてみて」
 言われるままに、マリアは指をどかした。
 そこには、
『勇者役急募』
「……」
「……」

 *


 わーわーわー。
 部屋の中を子供達の歓声が鳴り響く。
 ボクはというと、魔王の形をした、ばい菌の着ぐるみの中に身を埋めている。
 ああ、姫様のパレードの最中に何でボクはこんなものを身に纏っているのだろうか。
 そして、マリアはというと、
「いくわよ。魔王……」
 勇者とは思えないほど低く、子供達が泣き出しそうなほどドスのきいた声。
 ああ、本気だよ。この人……。

 *


 フラットランドに行く途中ですれ違ったおばあちゃんは、無事にローランドへとたどり着いていた。
「そう言えば、今時みないくらい熱心な子だったねえ」
 マリア達のことを思い出しながら口にする。
「しかし、あん子たちは無事にやり終えることが出来たのかねえ……」
 前にあのアルバイトをしていたおじいちゃんは、あまりの暑さのためにもう二度としない、と口にしていたのを思い出していた。

      

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