というわけで、やって来ました、カタート山脈。
 今はマリアとノースさんが並んで歩いており、その後ろをボクが歩いている。
 ここまで来る途中、マリアとノースさんはずっと会話をしていた。後ろから聞いている感じ、ノースさんは極めていい人のようであった。勇者っぽいと置き換えられるかもしれない。
 そして、マリアはというと、最初は多少ぎこちなかったものの、もはや魔王のことは気にしていないようであった。まあ、悩んでも仕方ないことではあるかもしれないが、それはそれでどうかと思う。ひょっとすると、自分が魔王ということも忘れ去られているのかもしれない。マリアって思いこみ激しいし。
 歩いていた森を抜けると、その部分だけぽっかりとくり抜かれたように、開かれた場所に出た。その山の麓に位置する場所に、一つの古城が見えた。
 ボク達は城へと近づく。すでに崩されてしまったのか、元々なかったのかは分からないが、城には城壁と呼べる物はなかった。更に近づいてみると古城は随分と大きいことが実感出来た。七十部屋以上あるローランドのラードパーン宮殿よりも大きそうだ。ただ、長い間風雨にさらされっぱなしで手入れをされていなかったせいか、外壁が欠けているところや塗装が剥がれてしまっている部分が目に入り、外観を著しく損なっている。
「あそこが、入り口に違いないようですね」
 ノースさんが指さすほうに、大きな扉があった。
「ええ、そうみたいね」
 マリアはすでにノースさんに敬語を使うのをやめていた。
 私たちは共に魔王と戦う仲間なんだ。仲間に上も下もない、とのことである。
 うむ。実にいい人だ。
 実際は共に魔王と戦う仲間も何も、勇者と魔王な関係なわけなのだけど。
 ちなみに、ボクも実際呼ぶときはノースと言うけれど、心の中ではさんを付けておく。何というか、ボクよりも年長者を呼び捨てにするのはちょっと苦手なのだ。
 とにかくも、ノースさんが先陣をきって大扉を開いた。
 扉を開くと、大広間に出た。城の中は光の入りが悪いのか薄暗い。
 上を見上げると、シャンデリアがあったであろうところにはその存在はなく、下を見ると絨毯はずたずたに破かれており、大理石の床はところどころひび割れていた。古いってだけじゃない、まるで、戦の後のようだ。
 しかし、そんなことよりも気になったのは、広間の中央にどどんと自己主張たっぷりに置かれてある縁が金色の赤い箱であった。大きさは両手で抱えられるくらいである。
「魔王の城に置いてある、赤い箱とくれば……」
「宝箱ね」
 ボクの呟きに、マリアが答える。
「……いや、宝箱って」
「これは、きっと伝説の武器が入っているに違いありません!」
 あからさまに怪しいと言おうとしたボクをさしおいて、ノースさんはためらうことなく宝箱を開いた。


 ボーン。


 ものすごい爆発音があがり、広間が煙で包まれる。
「…………」
「…………」
「……ねえ、マリア」
「何、レイブン?」
「あれ、何さ」
 ボクは白煙を上げている宝箱を指さして言う。
「罠じゃない。見て分からないの」
 こともなげに言うマリア。
「いや、嫌でも見れば分かるけど。さすがに。で、でもさ。何で、そんな物がここにあるのさ」
「あたしは、やるからには本気だからね」
 本気と書いてマジと読むといったような古式ゆかしい気合いを入れて、マリアは拳を握りしめる。
「本気って、一体」
 何でも全力投球のマリアが、手抜きという言葉が嫌いなのは重々承知しているつもりだ。けれども、この場合彼女のさす本気が一体何なのかがボクには検討もつかない。
「だから、まず城の内装という物から考えてみたわけよ」
「内装?」
 ボクは言われて、もう一度周りを見てみる。昔戦があったのかなという先ほどもった感想以外のものは思えなかった。
 ……いや、端々を見てみると中央に置かれてある宝箱と同じような箱が、目立たないように置かれてあることに気がついた。
「やっぱり、魔王の城っていうくらいだから、宝箱の中には伝説の武器とか入れておかなくちゃならないのかしらって考えたわ。でもねって、あたしは思うのよ。そもそも、何で魔王は伝説の武器なんかを宝箱の中に入れているのかしらって」
「いや、何でって言われても」
 そもそも宝箱の中に、伝説の武器が入っているなんて聞いたこともないけれど。
 まさかとは思うけど、その情報は、伝説の勇者自伝録じゃないだろうな。
「常識に考えるとね、そんな物を置いておいて、勇者に取られたら自分が不利になるじゃない。それなら、何で置いてあるのか。あたしが思うに、魔王というのは、勇者に敗れたい存在なのよ」
 マリアはえっへんとちっさな胸を張って言う。
「まあよくある、自分の罪を精算するためとか、自分を越える存在を待っていたとかそういうたぐいね、きっと」
「それが、宝箱の爆発するのと何の関係があるのさ」
「だから言ったじゃん。やるからには本気って」
 あ。ようやくわかった。
 すなわち、宝箱を置くという以上、勇者の不利になる置き方をするということか。
 そりゃそうだろうな。マリアがわざわざ負けるための闘いなんてするはずもないし。
 それなら先ほどの爆発も頷ける。勝つためには、宝箱に罠を仕掛けるのは当然のことだ。
「く。どうやら宝箱は危険なようですね。ここはやはり、直接魔王ゴルド=エザベラーを狙うことにしましょう」
 先ほどの爆発からようやく立ち直ったノースさんは、そう言って広間の奥へと続くドアへと向かう。
 まあ、こんなあからさまに怪しい宝箱、普通はスルーするだろう。あんな疑わしい物を開くのはノースさんだけだ、きっと。まさか、勇者と呼ばれる存在が、宝箱があるからって開くようなことはしないだろう。勇者は盗人じゃあないのだから。
 しかし、


 がちゃがちゃ……。


 奥の扉は、固く閉ざされていた。
 扉はとても頑丈な作りで、力ずくであけることなどとうてい出来そうにない。
「く。特殊な呪法による封印が施されているです。どうやら、奥へ進むには宝箱の中に入った鍵が必要そうですね。皆さんは、ここで待っていてください」
 ノースさんはそう言い、鍵を求めて別の部屋へと旅立っていった。
 先程の爆発のせいでススだらけの真っ黒になっているというのに、ノースさんはまるでそんな素振りを見せない。
 そもそも勇者というのは、勇気のある者の意ではなく、自分の勇気を見せることにより、周りの人達の勇気を奮い立たせる存在らしい。
 こんな風にがんばるノースさんは、立派に勇者をやっていると言えるとボクは思う。少なくとも隣にいるマリアと比べては。
「何よ」
「いや、別に」
「まあ、いいわ。それよりもさっきの説明の続きね。宝箱を置いても罠しかなかったら、今みたいに先に進もうとするでしょう。だからさ、宝箱を開けざるを得ない状況を作ればいいだけの話と思うのよ」
「今、みたいにね」
 開かない扉を見ながらボクは頷く。
「そうそう。だから、割合が重要と思うのよね。十個に一つくらいの割合で正解を用意するみたいな。入っているのは当然武器とか役に立つ物じゃなくて、先に進むための鍵。これなら自分は傷つかずに、確実に勇者の戦力をそぐことが出来る」
「あんたは鬼か!」
 目をきらきらと輝かせながら言うマリアに、ボクは誠心誠意を込めた感想を口にした。
 隣の部屋から響いてくる、ぼーんという哀愁漂う音を聞きながら。


 *


 半刻ほど経過しただろうか。
「や……っと。見……つけました」
 ぼろきれみたいになりながらもノースさんは、その手に一つの小さな鍵を握りしめていた。そんなノースさんをボク達は拍手で迎える。
 ノースさんは鍵を手に、奥へと続く扉を開いた。
 開いた瞬間、ノースさんは手に持った鍵を床に落とし、そのまま呆然と立ちつくしてしまう。
 一体どうしたと言うのだろうか?
「ま、まさか……」
 嫌な考えがよぎりながらボクも扉に向かうと、その先には先ほどと全く同じ光景が広げられていた。
 大きな中央のホール。その中央に置かれた宝箱も、そのままに。
「ねえ、マリア」
「そういえば、この城は五階建てだったわねー」
「…………」
 どうやら先は、まだまだ長そうだ。

      

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