ぼーん、という爆発音。
「くぅ……」
 どかーん、という爆発音。
「が……」
 ちゅどーん、という爆発音。
「げはぁ!」
「…………」
「…………」
 ボク達の目の前では、凄絶な光景が繰り広げられている。というか、出来る事なら目を背けてそのまま家に帰って眠りたい。あ、そう言えばマスターに酒場のアルバイト今日は休むって言ってなかったけど、大丈夫だろうか。
 さて、いつまでも現実逃避をしていても仕方ない。思考を現実に戻そう。今爆発したので、一体何個目の宝箱なのか。ノースさんが宝箱を開くたび宝箱が爆発し、彼の体を焦がしていき、さらさらの髪の毛をアフロに変えていく。
 もはやノースさんは立っていることもままならず、剣を支えにして、次の宝箱へと向かう。
「ねえ、マリア」
 さすがに気の毒に思えてきて、ボクはマリアの服の袖を引っ張る。
 マリアは、むぅっとうなるような声を上げた後、すたすたとノースさんへと近づいた。
「どうしました?」
 何をするかと思いきや、そのまま宝箱の前でしゃがみ込む。どうやら宝箱を開こうとしているようだ。
「いけません。危険です!」
 そんなマリアをノースさんは慌てて制止しようとする。
 けれども、マリアは宝箱を開いた。
「危ない!」
 ノースさんはマリアを守るようにして、押し倒す。
 しかし、爆発はおきなかった。
「これは、一体」
 ノースさんは呆然としつつも、立ち上がり倒れているマリアに手を差し出している。
「あ、どうもどうも」
 マリアはその手をとって立ち上がり、ぱんぱんと押し倒されたときについた埃を払う。それから、マリアは宝箱の中へと手を伸ばし、中から小さな鍵を取りだした。
 マリアは笑って、
「はい。あったよ」
 そう言った。


 *


 それから。
「あ、そこ毒ガスが出るみたいだよ」
 毒ガスが仕掛けられているところを、先に見つけ出し、
「あ、その部屋は入ると出られなくなった上に、天井と両壁から少しでも触れたら死んじゃう毒の塗られた針が生えてから、そのまま迫ってくるから入らない方がいいよ」
 マリアは蹴球のイエロ並の、危険察知能力を発揮してみせる。どうでもいいが、最初の方の罠と異なり、圧倒的に殺傷性が上がっている気がするのだけどボクの気のせいだろうか。
「ねえねえマリア。これはさすがにまずいんじゃない?」
 ボクは小声でマリアの耳元にささやく。
「何が? あ、そこには落ちたら絶対出られない上、ちょっとでも浴びると肌がぼろぼろと腐ってしまう毒ガスが噴出される落とし穴が、あるみたいだから気をつけて」
 ノースさんは立ち止まり、マリアの顔を凝視していた。
「まさか、マリアは……」
 だから言わんこっちゃない。
 いくら罠の場所が自分で仕掛けたから分かるとは言え、全部を全部分かったら怪しいに決まっている。テストのカンニングと一緒だ。いつも成績が芳しくない人が、いきなり全問正解したりしたときに疑われるようなもの。ちなみに、成績の芳しくないマリアとは違って僕はそこそこ優秀だ。平和なこれからの時代、お金を稼ぐには力よりも頭が重要になってくるはず。
 ノースさんはごくりと唾を飲み込んで、
「マリアさんの職業は盗賊だったのですね」
 と、言った。
「へ?」
「罠に対するこの嗅覚。実に見事です! いや、仲間を庇う事と任せる事。仲間を信頼するという事の違いも分からないとは、恥ずかしい限りです」
 ノースさんは拳を握りしめて力説する。
 ボクは思った。
 あー、この人。いい人だなあ。
「ち、違う。あたしは盗賊なんかじゃむがむが」
 何かを言おうとするマリアの口を、ボクは光速の神技を持ってして塞いだ。
 折角、良い感じに勘違いしてくれているのにわざわざここでばらす必要はない。
 こちらを首を傾げて見ているノースさんに、にこりと笑いかけてそのままマリアをちょいと端っこに引っ張っていく。
 ノースさんに聞こえないくらい離れたところで、マリアを解放した。
「もう、何するのよ。呼吸出来なくて苦しかったじゃない!」
「何するのよ、じゃないよ。何をいきなり言おうとしているのさ」
 ボクが呆れ気味に言うと、マリアはちっさい胸を堂々とはり、
「あたしは勇者よ、勇者。盗賊なんかと一緒にされたら困るわ!」
 と、全世界の盗賊ギルドの皆さんに喧嘩をふっかける言葉を口にした。
「だって、盗賊よ盗賊。仮に魔王を倒した仲間にいても、戦士とか魔法使いと違って歴史に名前も残らずに、貰えるのは褒美だけじゃない!」
「いや、まあそうだけどね」
 実際その通りなのだ。
 盗賊とは仲間には必須な能力の割に、軽視されがちなのである。
 しかし、それもまた仕方のないこと。盗賊の能力は、戦士の剣技や魔法使いの魔法やと異なって決して人に見せびらかすべきものではないからである。また、道徳的な問題からしても、表に出てきてはならないのだ。ローランドのように平和な国なら尚更である。
「盗賊いいじゃん。表に出てこないって格好良くない?」
 男は表に出てこない縁の下の力持ちみたいな存在に常に憧れているものなのだ。それに、一匹狼みたいな感じなのも格好良い。男性のなりたい職種ランキングでも盗賊は常に三位以内に名を連ねている。ボクも小さい頃は、盗賊になりたかったものだ。まあ、ボクの場合はそんな格好良さよりも、お金が好きなだけだったからだけど。
「あたしは勇者なの。他の職業なんかになっている暇はないのよ。それに勇者は転職出来ないんだからね。盗賊はレイブンに任せるわ」
「はいはい、わかりました。そのことをノースさんにはボクから話すから」
 それで何とかマリアは納得してくれたようだった。唇を尖らしていたけれど。


 *


 ボク達は程なくして最上階に辿り着いた。途中から罠に一つも引っかからなかった訳だから、存外時間はかかっていない。
「どうやらここが魔王の間のようですね」
 最上階の扉はボクが両手を広げたよりも大きく、下の階の大扉よりも一際豪華な装飾だ。
 ノースは扉を開き、
「我が名はノーザンクロス。魔王よ、いざ尋常に勝負せよ!」
 剣を抜き放ち、勇ましく宣言した。けれども、玉座からは何の反応も返ってこなかった。
 まあ、そりゃそうだろう。奥に置かれた玉座には誰もいないのだから。ついでに言うなら、部屋の中にも誰もいない。
 ただ、この部屋は、今までのどの部屋よりも壁や床の損傷が激しかった。絨毯などもずたずたに引き裂かれており、置かれてあっただろう装飾品のほとんどは原型を留めていない。部屋の奥に置かれた玉座もかろうじて残っているといった感じだ。
 玉座の後ろに飾られているレリーフは砕けており、元々どんな形だったのか想像することが出来ない。ひょっとすると、この城は本当に魔王の居城で、その昔、この部屋で魔王と勇者が雌雄を決したのかもしれない。何となくだけど、そんな気がした。
「おのれ、ゴルド・エザベラー! 我に臆したか。姿をあらわせ」
 臆したも何も、ゴルド・エザベラーという名前を名乗った魔王はノースさんの真後ろにいる。さすがに気まずいのか、ことの張本人は横を向いて口笛なんて吹いている。案外余裕なのかもしれない。
 そんなことは露も知らないノースさんは、突然の襲来を警戒しながらも、玉座へと近づく。
「ん、これは?」
 どうやら玉座の上に、一枚の紙が置かれていたようだ。ノースさんは剣を握りしめたまま、その紙を手に取った。
 そして、そのまま硬直してしまった。
 一体何が書かれていたんだ。ボクはノースさんの持っている紙を横から覗いてみると、


『ただいま外出しておりますので、また都合の良い日にお越しください。

魔王ゴルド・エザベラー』



「……」
 ノースさんはその紙切れを手に持ったまま、石膏のように固まっている。
 その姿をどこかで見たような気がして、ボクは首を捻る。はてさて、一体、どこで見たのやら。
「ああ、そうだ!」
 ボクはぽんと手を叩き、口笛を吹いているマリアを見る。前に間違って城の神官をぶっ飛ばした時のマリアとそっくりの反応だったのだ。

      

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