一人の天使がいた。
光を掲げる者。朝の子。明けの明星。
彼女を称する言葉はいくつもあるが、いつしか彼女は一つの言葉でだけ呼ばれることになる。
神の花嫁、と。
神と呼ばれた存在にもっとも近い存在に畏怖を込めて。
彼女は神にもっとも近かった。いや、近すぎたのだ。
だから彼女は妬まれた。生まれたばかりの天使のくせに、誰よりも輝かしいその存在を。
彼女は孤独ではなく、孤高であることを選んだ。
それが一番正しいと信じてのこと。
誰の助けも必要のない力を持っているが故に、その考え方しか持ち得ないことに。
悠久の時の間、今も信じ続けている。
†
シオンはゆっくりと目を開く。
「今のは?」
もう一度目を閉じ、今見ていた夢を忘れないうちに思い返す。
こことは違う何処か。
結局もう思い出せない。元々形のないものを留めておくことは難しい。どれだけ印象深かったものでもすぐに忘れてしまうものだ。
「おはようございます」
枕元にはユウが座っている。
ゆらゆらとなびく青いカーテン。隙間から差し込む光。そして、幻想的な少女。
軽く目を細めてユウの顔を見る。
「シオン?」
挨拶をしても反応のないシオンに、ユウは首を少し傾ける。
「……いや、ごめん」
何んでだか謝り、顔を横に背けた。
何故謝られるか皆目検討もつかないユウは、小首を傾げたままである。
すると、ぴゅうっと鍋のふく高い音が階段の下から聞こえてきた。
「あ、いけない……。吹きこぼれてしまいます」
ユウはスリッパをぱたぱたと鳴らしながら、降りていった。
ぼうっと、その後ろ姿を眺めてしまう。丁寧に編まれた三つ編みがぽんぽんとはねていた。
「…………何で」
言いかけたその言葉は。
†
テーブルの上に並べられているのは、一口大に切られたサンドウィッチだった。しかも、基本の卵サンドから、ハム・チーズ、野菜サンドからポテトサンドとバリエーションに富んでいる。切り口が乾かないようにと、水気を含んだパセリも添えられて、彩りを美しく並べられている。
「すごいなあ」
一人暮らしになってから、まともな食事にありつけていなかったシオンは、素直に感嘆の声を上げる。
「専門的なレベルでありませんでしたら、本に書かれている通りに作ればこの程度の物なら間違いなく作れますよ」
テーブルの隅に置かれた、一冊の薄い料理の本を示される。
「……そうだね」
本の通りに作ろうとして黒こげになるシオンであった。
コーヒーを入れて、食事をはじめる。サンドウィッチに手を伸ばしながらユウを見つめてしまう。
改めて思う。意識しないようにと心がけてはいたが彼女はすごく綺麗だ。本の中から出てきたと言われても、まるで違和感を覚えないだろう。
ふと、昨日のファルズフが言っていた言葉が思い出される。
――神の花嫁。
バールベリトも言っていたその言葉。その言葉は一体どんな意味なのか。神の花嫁にふさわしい程の美しさ故の言葉なのか。シオンにはとてもそうは思えなかった。
あの言葉には、どこか皮肉や妬みのような物が込められている気がした。好意の意味は決して感じ取ることは出来ない。それに……。
分からないのなら聞けばいい。ユウは、天使は嘘をつかない、と言っていた。きっと尋ねれば教えてくれるであろう。けれどもシオンには聞くことが出来なかった。
知りたいのに。聞きたいのに。どうして、聞くことが出来ないのだろう。
「お時間の方はよろしいのですか?」
ユウに言われるまま、シオンは時計に目を向ける。
時計の針は八時半を示している。
「……そっか。今日は土曜日か」
一瞬だけ慌てるが、すぐに学校が休みであることに気がつく。何だか少しだけ損をした気分だ。
食後のコーヒーを口に運びながら、椅子の背もたれに体を預ける。
ユウは食事の片づけをして、そのまま部屋の掃除を始めた。いつの間に覚えたのか、その様子も手慣れた物で、シオンよりもはるかに手際が良い。特にすることもないので邪魔にならないように、部屋の隅に移動してから携帯で良平に電話をかける。数回のコールの後、相手は出た。
「もしもし」
『こら、シオン! あんたまた昨日学校をさぼって!』
何故か電話の相手は沙紀であった。
返事をすることも忘れて、携帯の液晶を確認する。電話の先は良平となっている。
『シオンってば。聞いてるの。ねえってば! このサディスト。ロリコン』
電話口から聞こえてくるのは、やはり沙紀の声である。
とりあえず、一回電話を切ってみる。
「ふう。これで解決。人間万事塞翁が馬だな、うんうん」
携帯電話を放って床の上に放って、何もなかったことにする。
しかし、そんなわけにもいかずに、携帯に着信の音が響く。
出る前に相手を確認すると、須藤沙紀と書かれてあった。
「……やっぱ、出ないとまずいよな」
今でないと後が恐ろしい。渋々ながらも通話ボタンを押し、携帯を耳に近づける。
「あ、もしもし」
『ああ。俺だ』
電話の主は良平であった。
「何で、良平に電話をかけたら沙紀さんが出て、沙紀さんから電話がかかってきたら良平が出るんだ……」
『気にするな。俺は気にしていない』
「そうか……まあ、いいや」
こめかみを押さえ、自分を納得させるように何度か頷く。
『それで、どうしたんだ?』
「ああ。澄ってどうなったかなって思ってな。沙紀さん、何か言ってなかった?」
『ああ、問題ない』
澄はすでに意識ははっきりしていて、何の問題もないそうである。彼女は、自分の意志で家出をしていた言っていたそうだ。どうやらシオンのことは何も話していないようであった。
その後、数件の噂話を聞いてから、電話を切る。どうやら、良平はバイト中であるようだ。携帯を閉じて、もう一度床の上に放った。それで今度こそ本当にやることがなくなった。
そのまま壁により掛かっていると、うとうととしてきてくる。頬に当たる日差しは心地よく、そのまま目を閉じた。
†
それは本来なら形のない物。
だから今見ているの物は、シオンのイメージに過ぎない。
シオンが今見ているのは、夢の夢。一人の少女が見る夢だ。
少女の目から通してみる世界は、閉鎖された物。ただ、白色の空間を、黒色の線で無造作に仕切られているだけである。広いのか狭いのか、遠いのか近いのか。それすらも分からぬ空間で、シオンにはどこか足場のない不安な気持ちになる。
少女は天を見据えてる。彼女の目に映る物は一体何なのであろうか。ただの白としか見えないシオンとは異なる物なのか。それは、少女しか知り得ぬ事である。
その世界に語りかけてくる声が響く。
花嫁、と呼ぶ声が。
少女は何も答えない。ただ瞳を閉じて、首を振った。
少女は一人夢を見る。見果てぬ夢を。決してみることのない夢を夢見て。
†
居間に置かれた鳩時計が、ボーンと一度だけ鐘をうつ。どうやらすでに一時を迎えてしまったようである。随分と長いこと眠っていたようだ。疲れているのか、気が抜けているのかシオンには自分で判断がつかなかった。
「ん……」
体を起こそうとして、自分にかけられたかけ布団がずるりとずれた。
ぼんやりとした頭のままで、布団の裾を握る。
――花嫁。
シオンにはやはりその言葉が気になる。
語りかけてくる存在は、やはり畏怖の念が込められていた。
何故だろう。何故、彼女は恐れられているのだろう。
夢の中で語りかけてきた存在は、天使であったはずだ。言うなれば彼女の仲間のはずなのに。
シオンには訳が分からなかった。
「シオン。目を覚ましたのですね」
目を覚ましたシオンに、気付いたユウは笑いかける。
「……ん。うん」
「では。昼食の方、暖め直してきますね」
そう言い、台所へと戻っていった。
「何でだよ。何で……」
――どうして、あんなに独りぼっちなんだろう。
立ちあがるシオンの胸をちりちりと焼く。
昼食はカレーであった。それを見て何となしにシオンはほっとしてしまう。ここで出される物が春巻きや酢豚であったら、どこまでも落ち込んでしまうこととなるだろう。それらはシオンの中では高レベルに位置づけされている。
「今日は、どうしよっか?」
カレーを口に運びながら尋ねる。
「シオンは何かされたいことがありますか?」
ユウは特にはといった感じに首を横に振り、逆に聞き返す。
「ん」
食事をしているというのに、味もよく分からず、酷く眠い。さすがに食事の最中に眠くなるのは初めてである。まるで、先程まで見ていた夢の続きに誘われているようだ。
シオンはユウをまっすぐに見て、
「じゃあさ、服を買いに行こっか」
そう言った。
†
シオンたちが歩いているのは、町の中心のショッピングモールである。通りには、左右に小さな店が隙間を空けずに並んでいる。
しかし、シオンにはどの店も同じようにしか見えず、どこに入ればいいか分からない。
隣を歩いているユウの着ている服は、白色のトレーナーと紺色のソフトジーンズという地味な格好だ。その服もシオンの姉の物である。
服を買いに行くと言ったとき、当然のことのようにユウは渋った。自分などに服など勿体ないと。これまでにも姉の服がいくつか駄目になってしまっているので、これ以上駄目になると、姉に怒られると説明して、半ば強引に彼女を連れ出したのだ。
「まあ、どっか適当に入れば何とかなるか」
そう決めて、手近な店のドアを開いた。
店にはいると、白を基調とした清潔な感じのする内装をしていた。これから迎える夏に向けて、キャミソールやタンクトップという商品が並べられている。色は水色やオレンジと明るい色が主体のようだ。
「何か着たい服とかある?」
自分が着るわけではないので、何の考えもせずに尋ねる。
「いえ、その……」
ユウはほとほと困り果てたように、首を傾けるのみだ。いつも整然としている彼女しか見ていないせいか、その様子は新鮮な物に見えてしまう。
「うーん」
もう少し見てみたいと思うのだが、そういうわけにもいかない。
けれども、手助けをしようにもシオンに女性のコーディネイトなど分かるはずもない。こんなことになるのなら、姉や姫花との買い物に付き合えば良かったと後悔する。元々買い物や服装など、そこまで興味がないのだ。
二人して困っていると、店員の男性が助け船を出してくれる。
「お客様。どのような商品をお求めですか?」
シオンがユウに目配せすると、彼女は頷いた。
「あの。薄くて頑丈な物を」
シオンはがっくりと肩を落としてしまう。
――まさか、今までの言葉も本気で言っていたのだろうか?
「それなら、こちらの商品はいかがでしょうか?」
店員は若干困ったような顔をしたが、すぐに気を取り直し、商品を差し出す。
それは薄いカーディガンだった。少し季節には遅い気がするが、いかにも春らしい柔らかなピンク色であしらわれた代物だ。
ユウは受け取ってから、袖を引っ張ったり、伸ばしたりして素材の感触を確かめる。それからちらりとシオンの様子を伺う。
「あの。とりあえず、この服に合うような一式を用意して貰えます?」
シオンがそう言うと、店員は笑って頷いた。それから、今のカーディガンに合うように、すらりとしたパンツとシャツを用意される。
ユウはその服を受け取ると、試着室へと入っていった。
一人きりになったシオンは店の壁により掛かる。土曜というせいか、店の中はそれなりの客足だ。しかしその喧噪とは別に、またうとうととしてしまい、軽く目を閉じると意識が薄れていった。
†
少女が歩むのは一体どこなのか。
今までの白い世界とは異なり、そこは人の世界。
少女は闇の中を疾駆する。その影を追うのは闇。人の形をした恐怖。
シオンは少女の考えなど分からない。しかし、感覚を伴うことは可能であった。
全身がぼろぼろで、痛いという感覚を突き抜けて尚痛い。
月の光が窓硝子に反射して、闇の中を駆ける少女の姿を映し出す。
全身は血で塗れて、体には傷がないところが見あたらない。
けれども、シオンにとってそのことはどうでもよかった。傷の痛みなら耐えられる。歯を食いしばれば、過ぎ去るまで耐えることも出来る。
でも、独りぼっちであることはとても辛い。
窓硝子に映った少女の顔は、吊り上げられた瞳以外はまるで無表情だ。傷が痛くないはずは無いのだ。感覚を共有するシオンには痛みがとても伝わってくる。
つまるところ、そのことが意味するのは表情を作ること自体が無意味と断じてのこと。
少女は助けなど無いことを知っている。己以外全てが敵だと知っている。
事実として、人の形をした恐怖に襲われる前に悪魔を討ち滅ぼしている。味方であるはずの天使には虚言だけを伝えている。
故に少女は誰も信じない。誰も当てにしない。
そのことだけが、シオンの胸に響いていた。
†
シオンが目を開くと、丁度ユウが試着を終えて出てきたところであった。
「ど、どうでしょうか」
「……ん。いいんじゃないかな」
元々スタイルの良い彼女なら何を着ても似合うことは分かっているが、いつも貸しているぶかぶかなパーカーとは全く異なっている。けれども、気の利いた言葉は一つも思い浮かばない。
「大変お似合いですよ、お客様」
代わりに店員はにこやかな笑みを浮かべ、ユウの姿を褒める。
「なるほど。確かに薄い割には、しっかりした素材のようですね」
ユウはカーディガンの袖を掴んだ状態のまま、体をひねったりして着心地を確かめる。
「はい。綿素材を利用しているのに、肌触りもよく仕上げられております」
「ふむ。しかし、この色ですと、血などの染みが目立ちますね」
「いえ、洗濯の方をされても伸びにくいようになっておりますので、染みが付いたらその日の内に洗って貰えれば問題はありませんよ」
さすがはプロといったところである。何かが少しずれている気もしないでもないが、シオンは一人うんうんと頷く。
ユウも気に入ったようなので、その服を一式まとめて購入することにした。しかも、買った服をそのまま着ていてもらうことにする。とりあえず値段のことは忘れる。男たるもの細かいことはすぐ忘れてしまったほうがいい。
しかし、それだと今着ている服だと履いているスニーカーも合わなくなってしまう。
物のついでだから、他の店に入りヒールを一足買うことにした。
ユウはここまで攻撃力を特化させる必要はないと言うが、無理矢理購入する。
「それでどうかな?」
一通り買い物を終え自販機で二つ缶コーヒーを買った。
「どっちがいい?」
「甘い方を」
実に返答に困る答えが返ってくる。
今購入したコーヒーのパッケージを見比べて、ミルクの多くはいっていそうな物を、壁により掛かるように立っているユウに放り投げる。
「そうですね」
ユウはくるんとその場で一回りして見せる。ヒールの踵がかんかんと地面とぶつかる音が響き、カーディガンがマントのように舞う。
「正直活動的とは言える格好ではありませんね。でも……」
ユウはくすりと笑い、
「シオンが買ってくれたこの服は大切に着ますね」
そう言った。それは素直な言葉。活動的ではないと言っているのに、大切に着ますと言ってくれたユウ。財布には大打撃であったが、シオンにとってその言葉は純粋に嬉しい物であった。
「ファミレスでお茶でもするか」
何だか疲れたのでそんな提案をしてみることに。
「……チョコレートパフェですか?」
間髪を入れずに尋ねてくるユウであった。チョコレートパフェの値段は五百八十円だったらしい。
†
一番の罪。
何故、ここまで少女は心を開かないのだろうか。
シオンが一番知りたいことはそのことであった。
それは白ではない赤の日。
それは彼女が生まれた時のことだった。
少女の体は紅く染まっていた。勿論自分の血ではない。
では、誰の血なのか。
シオンには分からない。
少女は紅い両の手の平を見ながら一言、短く言った。そのとき、初めて言葉を口にした。
ごめんなさい。
何に対しての謝罪なのだろう。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
呪いのように、延々と紡ぎ続かれるその言葉。
一体誰を殺したのだろう。
だから、シオンは尋ねてしまった。
一体誰を殺したっていうの?
少女は、その声に疑問を持たず答えた。
神を――――――――と。
†
シオンはそこで目を覚ました。呼吸が乱れ、動悸も激しい。
ここは何処だろう。確か買い物をし、チョコレートパフェを食べて、姫花の見舞いをすませてから家へと帰り、そのまま着替えることなく自分のベッドに倒れ込んだ。そして、堕ちるように眠ってしまっていたのだ。
その熱を冷まさせてくれるように、額にひんやりとした感触を感じる。
ユウがシオンの額を拭いていた。
「凄い汗をかいていましたので。ごめんなさい、起こしてしまいましたね」
「いや、その」
先程の夢が頭の中をよぎり、ユウの手をはね除けてしまう。濡らしたハンカチがぴちゃ、と床に落ちた。
「……あ」
「ごめんなさい」
ユウは頭を下げて、ハンカチを拾べく膝をつく。伸ばされた手が赤く染まっているように見えた。その姿に酷い罪悪感を感じてしまう。
「……ごめん」
謝り返すことしか出来なかった。
「いえ、夕飯のほう暖め直して来ますね」
ユウはそう言ってシオンに背中を向ける。
「夢を……見たんだ」
ぽつりと呟く。勝手にこぼれ落ちてしまった。
「どのような?」
「……君が、神を殺したところを」
沈黙。ユウは何も答えない。すでに日も落ちてしまったのか、部屋の中は暗く彼女の背中が妙に遠く、霞んで見えてしまう。
きっと手を伸ばしても届かない。一枚のガラスに世界を隔てられているようだ。、
「……私は、一つだけ過ちを犯しました」
ユウはシオンに背を向けたまま答えた。
「一つのお話をしましょう。付き合って貰えますか?」
こくりと頷く。そのことが伝わったのか、ユウは振り返らずに語り始めた。
「あるところに、始まりという物を除いて全ての物を持っている方がいました。その方はそれのみを求め、世界という物を作り出しました。自分と同じ考えを持つ人という存在を作るために」
前に一度シオンに対して話したことをユウは語る。しかし、口を挟まずに黙って彼女の話に耳を傾ける。
「何千もの世界を作っても、人は決して始まりについては知り得ることが出来ませんでした。ただ、生まれては死ぬことを永劫の時間の元、繰り返されていきました。その時に、彼の者は一つだけ気付くことがありました」
「――――終わり」
「終わり。終わり続ける世界を見続けた彼の者は、初めてそのことに気がつきました。自分が死ねば一体どうなるのだろう……と。勿論、人が死んだ先は無です。何も、ありません。でも、それは彼の者が作った話。彼の者は、自身の死については知りようがありませんでした。元々始まりと終わりは表裏一体。だから、そのことを望んだ」
ユウの言葉を遮るように居間の時計が鳴り響いた。その数は八つ。鳴り終えるまで、ユウもシオンも今の姿勢のまま動くことなく待っている。
「そのために、一人の天使が生み出されました。ただ、神を滅ぼすためだけに」
鐘の音が鳴りやむと、淡々と言葉を紡ぎはじめる。
「それが、ユウってことなの」
返答は沈黙で返される。そのことが意味するのは肯定だ。
「シオンは、何故悪魔と天使は争っていると思いますか?」
「それも、前に言った」
――確か、人という存在に嫉妬した天使達が起こした反乱だったはず。
「……おかしいと思いませんか、シオン?」
「何のこと?」
尋ねられ、深く考えもせずに聞き返してしまう。
「では、悪魔は一体何に対して嫉妬を起こしているのですか?」
「だから、人……」
言いかけて気がつく。
「神がいないのに、人に嫉妬してどうなるんだ」
神はすでにいないのに。ユウがすでに殺してしまっているのに。そのことにどんな意味があるというのだろう。
「答えは簡単ですよ。誰もそのことを知らない。神が死んだということを知らない。ただ、それだけのことです。だから、愚かしくも争い続ける」
くすくすとユウは嘲りの意味を込めて笑う。
「何で、そんなことを」
「それも簡単なことです。私が誰にも教えなかった。知ろうとする存在を許さなかった。ただ、それだけのこと」
「だから、何で!」
怒鳴り声を上げてしまう。こんな風に笑う彼女を見ていたくなかったから。
ユウはそこでぴたりと笑い止める。
「先程言いましたよねシオン。私は過ちを一つだけ犯したと。それは何だと思いますか?」
「それは、神を殺したことじゃ」
「いいえ。神を、殺せなかったことです」
え、と予想外の言葉にシオンは間の抜けた声を上げてしまった。
「神を完全に殺すことが出来なかったことです」
――だから、何だろうか。死を望んだ神を殺すことが出来なかったから、彼女はあんなにも謝り続けていたというのだろうか。もはやユウが何を言いたいのかがさっぱり分からない。
「私は神を殺すためだけに、今この世界に存在します。ばらばらに砕けた神の欠片を、完全に消滅させるためだけに存在します。そう、春紫苑。神の欠片の一つをその身に持つ、あなたを殺すためだけに」
そう言ってユウは振り返った。その顔はシオンが夢で見たものとまるで同じ。悪意を越えた殺人者の瞳。
「――そ、んな。俺なんか、別に」
「神が死んだという事実――私が神を殺し損ねたという事実を知る者は、世界に置いて私しかいません。天使も悪魔も人も、誰一人として知る者はいません。そして、その事実をあなたは知っている。それこそが、神の欠片を持ちし証」
今の話。少女の夢。頭の中で一つのラインがつながる。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「何で、俺に。そんな物が」
「神がつくりしこの世界。器小さき、神の分身。それが人です。砕けた欠片は人の身にのみ宿ることが出来るのです」
「じゃあ、ユウは。初めから……」
「ええ。そのつもりで近づいたのですよ、シオン。あなたに宿りし欠片を監視するために」
――そして殺すために。
淡々と事実を突きつけるユウに、鈍器で頭を打ち付けられた錯覚を覚える。それも一度だけではない。何度も何度も意識を失うまで叩き続かれている。
それほどまでにユウの言っていることが、受け入れがたい。
「そんな。嘘だろ。だって……」
まず信じられない。彼女が自分を殺す。何故?
理由は言った。神の欠片を持っているから。何で、そんな物のために?
だから、理由は言った。そのためだけに、ユウは存在すると。神を、その破片を殺すためだけに存在すると。殺し続けていると、彼女は言う。
そのためだけに天使も、悪魔も、シオンも、全て騙して。全てに悪意を嫉妬を憎悪を向けられて。
「もう一つだけ、忘れているようですから教えてあげますね。半年前に公園であなたを殺そうとしたのは、この私です」
「――――!」
そこに立っているのは、深い闇そのものだった。人の形をした闇は夜色の瞳をシオンへとまっすぐに向ける。
蛇に睨まれた蛙どころの話ではない。視線だけで射殺されてしまうのではないかと、錯覚を起こしてしまう。全身は金縛りにあったように動かず、締め付けられるように胸が痛む。心臓は直接鷲づかみにされ、呼吸もすることも叶わず、瞬きすらも出来ない。
ここでようやく自分の間違いに気付いた。最初に公園で感じた恐怖と空白と絶望が、今再び蘇る。いや、シオンにだけ向けられたその殺意は、公園で感じた時以上のものだ。間違いない。この感覚はバールベリトではなく、ユウから感じていたもののようだ。
そんなシオンに、ユウは優しく微笑みかける。
「……天使でも、嘘はつくものなのですよ」
そう言って、ユウはシオンに背中を向ける。
シオンは何も言えず、その背中を見送ることしかできなかった。
†
それから、何とか動けるようにまでなったシオンは、階段を下り台所へと向かう。
テーブルの上には、皿が何枚か並べられている。おそらく、昼間の残りのカレー。しかし、それだけでなく綺麗に千切りされたサラダも添えられていた。しなびれないように、サランラップで包装して。
カレーの入った鍋に触れてみる。すっかりと冷めてしまったのか、ステンレスそのままの感触だけが指先に感じられた。
時計に目をやるとすでに十時を回っていた。彼女と話していたときに、鳩時計が八つ鐘を打っていたのは思い出せる。
「二時間も過ぎていたのか」
自分が二時間以上も放心していたことに驚いてしまう。
「…………」
食事には手をかけず、シオンはウインドブレーカーを羽織り、刀を手に持ち家を出る。
どうすればいいのだろう。頭の中がもはや働かない。
頭を働かせれば、考えれば、先程の恐怖が押し寄せてくる。彼女のあの声が、あの仕草が、あの雰囲気が、全てが今では恐怖の対象だ。
そして――――裏切られた。
そのことがシオンのことを捕らえては離さない。
利用しただけ。観察しただけ。ただそれだけの存在だと、ユウは言う。
「ユウ」
夜空を見上げるが、月はまるで見えなかった。それどころか、星もまるで見えず、厚い雲が空を覆っているようである。
ユウと出会ったのは、五日前の深夜の公園だった。傷だらけの天使が降ってきたのが初めての出会いだった。次にあったのも、同じ公園だった。その時にお互い名前を名乗りあった。それから、バールベリトに襲われて、彼と戦うことを協力することになった。それから、二人の悪魔を払い、それで。
辿り着いたのは公園だった。深く考えてのことではない。自然と足が公園に向いてしまっていたようだ。
一度バールベリトに襲われてから、初めてくる。入り口には立ち入り禁止の札がかけられていて、ロープで閉じられていた。
構わずにロープを乗り越えて、公園の中に足を踏み入れる。
公園の有様は酷いままであった。車はさすがに撤去されたのだろうが、街灯やえぐれたアスファルトの修復などはまるで為されていない。
その中で噴水の前に一つの人影がたたずんでいた。壊れた街灯のせいで公園の中は暗く、佇む人影の黒いシルエットだけが浮かんでいるように見える。
ユウだろうかと思い、シオンは目を細める。
しかし立っているのはユウではなく、紅い瞳をしたバールベリトであった。
バールベリトはシオンの姿を確認すると、
「花嫁はどこだ」
一言そう言った。シオン自身にはまるで無関心な言葉だった。
「言うと、思ってんのかよ」
鞘を投げ捨て、刀を構える。
前に出会ったときと同じようにバールベリトは空中に指を走らせた。地面に落ちたアスファルトが見えない手によって持ち上げられ、シオンへと放たれる。
「はあ!」
二度刀を振り、襲い来る石つぶてを叩き落とす。
間髪を入れず、シオンから見て真上からも同様に石つぶてが落ちてくる。刀を走らせる。弾き飛ばされた石はバールベリトの頬を掠めた。
「どうだ!」
刀をバールベリトに突きつける。
バールベリトは頬を拭うと、右手を高らかに掲げた。
何もない宙空に、氷の刃が生まれ落ちる。その数は三つ。大きさは人の身ほどもあり、いずれもつららのように先端が尖っている。
「氷刑」
言霊が紡がれると、つららが放たれた。
一本、二本と避けて三本目のつららを刀で断ち切る。中央から分断されたつららは、左右に分かれて地面へと落ちる。
「ほう」
バールベリトは珍しく、興味深そうにシオンの持つ刀を見る。
「それは、花嫁の力か?」
「そんなこと、あんたには関係ないだろ」
「確かにそうだな」
バールベリトは声を殺して、くつくつと笑う。
「な、何がおかしいんだ」
「人間。戦いの最中に、他のことには気を回さぬ事だ。特に、相手の言葉にはな」
気がつけば、足下が凍り付いていた。靴が地面へと張り付いてしまい、逃げることはおろか、足を上げることが出来ない。
「しま――」
「氷刑」
紡がれる言霊。襲いかかる氷弾。
刀を振り、次々と斬り落としていくが、砕ける破片を避けることが出来ずに、体中に氷の欠片が突き刺さっていく。
「ぐはぁ」
前のめりに倒れこんでしまう。バールベリトは、倒れたシオンの間近まで歩いて近づく。
「花嫁はどこだ」
そして、再び同じ事を問いかける。
「ふ、ざけんじゃねえ!」
不用意に近づいたバールベリトに、力を振り絞って、刀を横一文字に振り抜いた。
「火刑」
ガスの満たした部屋に、火を放ったような爆発が巻き起こった。爆発の中心地のアスファルトが飴のように溶けてしまっている。
焼き尽くす高温と衝撃で、シオンは背後へと飛ばされた。受け身もとれずに背中からアスファルト上にしたたかにうちつけられる。呼吸は止まり、点滅する信号のように意識の断続が起こる。
バールベリトは埃をはらい、シオンへと近づいて見下ろす。その手には、僅かに青みがかかった透明な槍が握りしめられている。その槍は、刀を握りしめている右腕の肩に突き立てられた。
「ぐああああぁぁ」
絶叫が公園中に響き渡る。
貫かれた肩は冷たく、恐らく槍は氷で出来ているのであろう。しかし、傷口は脳を焼くほどの灼熱であった。まるで氷にシオンの熱が全て奪われてしまっていっているかのようだ。
「花嫁はどこだ」
その言葉で何とか我に返る。
「誰がてめえなんかに」
突き立てられた槍に力が込められた。再び脳髄を焼かれるが、唇を噛みしめるだけ噛みしめ、バールベリトを睨み付ける。
「何で、そこまで、彼女を狙うんだ……」
「花嫁に聞いていないのか? 我らの望みは母との対話のみだ。その障害たる花嫁を殺す。それだけが目的だ」
――やはり、神が死んだことを知らないんだ。
冷静に思考が回る。やはり、ユウの言ったとおり悪魔の目的は、人の堕落などには興味がなく、神の花嫁たるユウの命だけ。今にして思う。ファルズフも自分にはまるで興味はなく、ユウの命だけを狙っていた。ただ、神との会話を邪魔するユウを殺すためだけに。
そう思ったら、口にしてしまった。
「ばーか。お前らの大好きな神様なんて、すでにいないんだよ。ユウがもう殺したんだからな!」
その言葉に驚いたのか、槍を突き立てる力が弛む。その隙に、槍を断ち、バールベリトから距離を取る。
しかし、バールベリトはシオンを追うこともなければ、そちらを見ることもせずに一人ぶつぶつと呟き始める。
「母が死んでいる? そんなことがありえるのか。ありえない。絶対にありえない。いや、しかし、なればことのことかもしれぬ。なるほど。確かに、それならば今までの不接合性にも、辻褄が合うというものか」
全く力の入らない右腕から左手に刀を持ち直し、バールベリトへと飛びかかる。
「ははは。なるほどな」
バールベリトはようやくシオンの方を向き、一閃させた。
何が起こったのか、分からなかった。吹き飛ばされるシオンがかろうじて目に出来たのは、中央で折れた刀の刀身であった。くるくると空中で回る刀身の先。咄嗟に手を伸ばす。手が触れた。しかし、刀身を掴むと、空気に溶けるように消えてしまった。
「――あ」
唐突に世界は静かになる。
何とか立ちあがるも、呆然と折れた刀身を見つめてしまう。痛みも瞬間的に忘れてしまう。
刀が折れた。ユウから、貰った刀が。
「人間。私に協力する気はないか?」
バールベリトはそのシオンにそんな提案をした。
「ふ、ふざけるな」
あまりにも唐突な提案に、反射的に怒鳴りつけてしまう。
「そこまでおかしな話というわけではないと思うがな――花嫁の敵たる人間のくせに」
「――どうして、それを!」
「私は地獄の司法官だぞ。その気になれば人の心を読むことなど、造作も無きことだ」
バールベリトの全てを見通すような紅い瞳が、シオンを射抜く。
「我等にとって、花嫁は共通の敵だろう? 違うか」
敵。そう敵なのだ。バールベリトの言葉で今更のようにそのことを深く自覚する。
「神がいないのなら、お前がユウを狙う理由なんてないんじゃないのか……」
「何故だ。花嫁は、母へ反逆した唯一の存在。そのような存在を許しておけと? 我等全てを誑かし、自ら母の席に座る思い上がった存在を」
バールベリトの言うことは正しい。
ユウは自らの失敗を清算するためだけに、天使と悪魔を永劫の時戦わせ続けてるのだ。遙かな高見からその様子をあざ笑うかのように。
「勿論。ただとは言わない。人間の思い人たる、白雪姫花を蘇生してやろう」
「――え」
更なる唐突な提案。
――姫花が助かる?
「人一人を蘇生させるほどの干渉力をしょうすれば、私も現界することは叶わないがな。私の目的は花嫁の消滅。ただ、それだけだ」
「別に、俺の協力なんて、必要ないだろう」
バールベリトとユウでは、バールベリトのほうが力が勝っているように見える。しかも、バールベリトの力は以前あったときよりも増しているのだ。シオンが介入するところがあるとはとても思えない。
「花嫁の存在は最凶悪だ。無限世界で、ただ一人の身を持ってして、我ら全てと渡り合ってきたのだからな」
バールベリトはその瞳をおくらせる。その様子はどこか、恐怖を抱いているように見えた。
「そうだな。人間。我らが何故現界するために人の体を、操作しているか分かるか?」
……分からない。
人を貶めるためということが思い浮かぶが、悪魔の目的が元々ユウの消滅だけということを知った以上、そのことは理由にはなりえない。
「単純な話だ。我々には、そこまでの力がないだけのこと。人の身を造れるものなど、天使悪魔全てを見ても、存在はせぬ。花嫁以外はな」
ふん、とバールベリトは鼻をならす。
「人が何故そこまで造れぬのか今まで疑問が残るところであったが、器小さき神の分身とはな。なるほど、我々程度では造れるはずもない」
バールベリトの声に再び殺気がともる。
「分かるか人間。花嫁の恐ろしさが。神ならざる身で、神の所行を行う高慢なる存在のことを」
その気持ちはシオンにも少しだけ分かってしまう。
バールベリトが闇だとするのなら、ユウは世界に存在する負そのもの。闇すらもその一部として飲み込むその存在は、恐怖以外の何者でもない。
「……悪魔の、言う事なんて信じられるのか?」
「悪魔は契約は守るのは絶対だ。貴様はそうは学ばなかったのか?」
どこかで聞いたことのあるような言葉。そのことを思い出してしまう。
ぽつぽつと水滴が頬を濡らす。それから間もなく雨足は強くなり、夕立のように勢いよく降り出した。
バールベリトはそれ以上は何も言わずシオンの言葉を待つ。
「分かった……」
やがてシオンは頷き、そして――――
†
深夜の病室。
姫花の枕元にシオンは立つ。打ち付ける雨音は強く一向にやむ気配がない。そのためか、面会時間などとうに過ぎていると言うのにも関わらず、やって来たシオンのことを看護師は誰も気付かなかった。
バールベリトに付けられた傷はシャツを破って無造作に縛っているだけなので、止血は上手くいっていない。そのため、この部屋はおろか、病院の廊下中を水滴だけでなく、赤く染めてしまっている。
しかし、シオンはそのことをまるで気にする様子もない。
「……ごめんな、姫花。俺は」
口にされるのは懺悔の言葉。姫花は変わらず動くことはない。
白雪姫を目覚めさせるのは王子のキスだ。白雪姫に必要なのは王子であって、騎士ではない。
頬を撫でようとしたが、右腕がまるで動かず左手で撫でた。彼女の頬まで赤く染めてしまう。姫花の頬は酷く冷たかった。雨に濡れた自分の体と同じくらい、温度が感じられない。
キスを交わせば目を覚ましてくれるのだろうか。そんなのことを思ったこともある。
でも、自分にはそんな資格はない。では、誰が彼女にとって王子となり得ることが出来るのか。少なくとも自分ではないことだけは間違いはない。では、バールベリトが王子なのだろうか。
「目を、覚ましてくれよ」
左腕が震える。零れる血が姫花の頬だけでなくシーツまで赤く滲ませる。
「お前が朝来てくれないと、目を覚ますことが出来ないんだからさ……」
返事は何もない。シオンの言葉以外には打ち付ける雨の音だけが響いている。雨は少しも止みそうにない。
「ううう、ああああ」
気付けば、泣いていた。
姫花に縋り付くようにして、シオンは泣いていた。
†
ユウは一人暗い場所に立っている。
半年前にシオンを仕留め損ねたときには、ユウはシオンの中に神の欠片が存在することを確信していた。しかし、バールベリトに追いつめられる彼を見て、ユウは少し考えを改める。神の欠片を持ちし者が、為す術もなくあのようにやられるものであろうか。半年前、自分を撃退するほどの力を発揮した存在が。自分のことを半年物時間を飛ばさせるほどの力を発揮した存在が。
しかも、シオンはユウのことも覚えていないようであった。ユウは疑念を抱いてしまう。世界とは無限に連なる物だからだ。もしかすると、自分は違っているのではないか、と。半年後に飛ばされただけではなく、世界その物も別の場所に飛ばされてしまったのではないのか。
確信のないままに、ユウはシオンを監視することに決めた。そういう意味でシオンの協力の申し出は都合の良い物であった。
人の反射神経を遙かに凌駕した運動神経。意識を失っている姫花。そして、神を殺したことを知っている。そのことから、彼がやはり神の欠片を内包している者と確信にいたる。
「くすくす」
闇の中、ユウの笑みが零れる。
本来なら神の欠片を持ちし者は、それこそ世界の法則を無視するほどの奇蹟を用いて、ユウに牙を剥く。神の欠片とは本来法則をねじ曲げるなどの次元の話ではない。新たな法則の創世。世界に自らの法則を構成することはおろか、世界その物を作り出すこともわけはない。けれども、シオンは身体能力が他の人よりもずば抜けているとはいえ、力の使い方をまるで理解していない。
そして、ユウはバールベリトと異なり、人の身を自分で作り出している。故に、その力の全てはその内へと向けられて、外に向けることは出来ない。すなわち世界に干渉することがほぼ出来ないのだ。
しかし、バールベリトに敵わぬ、まるで何の力を使うことの出来ない人の身という不自由な体でも、今の彼ならば確実に殺すことが出来る。
何故ならば、彼は、シオンは甘いからだ。
「ふふふ。あははは」
闇の中、笑い声が響いてる。シオンを待ちつつも。